読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

戯曲

レッシング『賢者ナータン』(原著 1779, 光文社古典新訳文庫 丘沢静也訳 2020)

52歳で亡くなったレッシングが50歳の時に刊行した戯曲。論争好きで知られていたレッシングが49歳の時、啓蒙主義の立場からルター派の協会の牧師との宗教論争し、その論争から宗教関係著作の出版禁止になったことへの対抗策としてものしたのが本作であ…

編訳:小笠原豊樹+関根弘『マヤコフスキー選集Ⅲ』(飯塚書店 1958)

決して大衆向けとは思えない長編叙事詩や戯曲を持って数多くソヴィエト各地を回り朗読をしていたという30代のマヤコフスキー。映画やラジオも出てきた時期とはいっても、詩人自身の朗読は魅力的であったのだろうが、聴くだけで本当に分かったのだろうかと…

編訳:小笠原豊樹+関根弘『マヤコフスキー選集Ⅱ』(飯塚書店 1964)

第一巻の詩論「いかに詩をつくるか」で取り上げられたエセ―ニン追悼詩篇「セルゲイ・エセーニンに」が収められている。詩論では冒頭の4行が取り上げられるのみで、それが詩篇全体、四行詩であるかのようであったが、実際は変則形式の273行の詩篇で、資質…

ロラン・バルト『ラシーヌ論』(原著 1963, 渡辺守章訳 みすず書房 2006)

壮年のロラン・バルトがフランス国立民衆劇場の機関紙的位置を占めていた『民衆劇場』誌でブレヒト派の劇評家として活躍していた時代の作品。理論的背景やバルトならではのエレガンスさはしっかり融合されてはいるが、ジャーナリスティックな論争姿勢が顕著…

エメ・セゼール二冊『帰郷ノート/植民地主義論』(訳:砂野幸稔 平凡社 1997, 平凡社ライブラリー 2004)、『クリストフ王の悲劇 コレクション現代フランス語圏演劇01』(訳:尾崎文太+片桐祐+根岸徹郎、監訳:佐伯隆幸 れんが書房新社 2013)

エメ・セゼールはフランスの海外県でカリブ海西インド諸島の島のひとつマルティニーク出身の詩人、政治家。ネグリチュード(黒人性)という概念を提起し、黒人の地位向上と近代西欧からの精神的解放ののろしを上げ、植民地主義を批判した人物。代表作『帰郷…

トルクァート・タッソ『愛神の戯れ ――牧歌劇『アミンタ』――』(訳:鷲平京子 岩波文庫 1987, 原著 1573)

困難に向き合うことも多くあった大作『エルサレム解放』の執筆中をぬって書かれた詩人タッソの資質をはばたかせた劇作。これぞ王道というオーソドックスな恋物語。死の際からの生還、愛の行き違いにかかるリスクのとてつもない大きさ、行ったり来たりの展開…

黒木祥子+小林賢章+芹澤剛+福井淳子 編『現代語訳付 説経かるかや』(和泉書院 2015)

中世末から江戸時代初期、下層の庶民階級を相手の芸能としてはやった説経節の代表曲「かるかや(苅萱)」のテキストに校注と現代語訳を付けた一冊。能や浄瑠璃などに比べてより簡素な語り芸であることが想像できる作品。話は信濃善光寺付近に祀られている親…

アダム・ミツキェーヴィチ『祖霊祭 ヴィリニュス篇』(未知谷 ポーランド文学古典叢書8 関口時正訳 2018) 過酷さと享楽の臨界点への道行き

19世紀前半のポーランドを代表するロマン派詩人アダム・ミツキェーヴィチの最高傑作とも言われる未完の詩劇『祖霊祭』の関口時正による編集翻訳作品。最後に書かれたという第三部は、政治色が濃く、また分量も突出して大きく、他のテクストからの独立性が…

サミュエル・ベケット『ベケット戯曲全集1 ゴドーを待ちながら/エンドゲーム』(白水社 岡室美奈子訳 2018)

ベケットの作品は小説も戯曲も基本的に目的も到達点もない。戯曲については、プラトンの対話篇と並べて読んだりすると、その違いに呆然となる。プラトンの対話篇は遠回りしているかに見えても中心主題に向けて求心的に進んでいくが、ベケットの対話はきっか…

アラン・バディウ『ベケット 果てしなき欲望』(原著 1995, 水声社 西村和泉訳 2008)

自身も小説や戯曲を書くフランス現代思想の重鎮アラン・バディウのベケットへのオマージュ。豊富でこれぞというめざましいベケットの作品からの引用は、バディウの愛あふれる案内によって、輝きと光沢をます。ベケットの灰黒の暗鬱とした絶望的に危機的な状…

高橋睦郎『鷹井』(筑摩書房 1991)

多才な高橋睦郎の手になる新作能。能の試みとして1921年に書かれたイエーツの戯曲『鷹の井戸にて』をベースに、1990年の公演用に翻案・リメイクを委嘱され作成された作品。アイルランドの詩人の作品を伝統的な謡曲の構造、文体にどこまで近づけられ…

ハイナー・ミュラー『ゲルマーニア ベルリンの死 ― ハイナー・ミュラーの歴史を待つ戯曲集』(早稲田大学出版部 1991)

ハイナー・ミュラー(1929-1995)は、ブレヒトを批判的に継承し発展させた旧東ドイツの劇作家。西側世界のベケット、東側世界のハイナー・ミュラーというように紹介されることもしばしばある存在。 本書は日本初刊行のハイナー・ミュラー戯曲集で、1950…

廣末保『四谷怪談 ―悪意と笑い―』(岩波新書 1984)

日本近世文学研究者、廣末保の語りの芸が冴える新書の研究書。幕藩制が崩れ落ちていく中の文政八年(1825年)に初演された鶴屋南北の歌舞伎狂言『東海道四谷怪談』を、当時の配役とその役者の特徴も踏まえながら、研究の文章において説明しつつ再上演させて…

ハインリヒ・フォン・クライスト『クライスト名作集』(白水社 1972)

クライストの戯曲五篇。 一筋縄ではいかない主人公たち、敵役たち。ドゥルーズ+ガタリの『千のプラトー』ではカタトニー(緊張病)という言葉でも表現されているように、極度の精神的緊張状態において突然意志や行動の転換もしくは昏倒が起こって劇の世界に…

ハインリヒ・フォン・クライスト『ペンテジレーア』(執筆時期 1806/7年)仲正昌樹と岩淵達治の翻訳比較とちょっとした私のクライスト観

仲正昌樹は自身の『ペンテジレーア』翻訳以前の既訳の業績として岩波文庫の吹田順助訳、沖積舎クライスト全集の佐藤恵三訳の二種があるというふうに記していたのだが、すくなくとももうひとつの既訳はわりと手にしやすい形で世に出まわっていて、それは白水…

ハインリヒ・フォン・クライスト『ペンテジレーア』(執筆時期 1806/7年, 仲正昌樹訳 論創社 2020) ドゥルーズの誘いにのってクライストの戯曲を読んでみる

戦闘女族アマゾンの女王ペンテジレーアとギリシアの戦士アキレスとの恋と戦闘を描く戯曲。悲劇。 ドゥルーズ+ガタリの『千のプラトー』でクライスト推しが強烈だったので、それならばと誘いにのって、仲正昌樹訳のクライストからクライストの世界に足を踏み…

アントナン・アルトー『神の裁きと訣別するため』( 原書1948 河出文庫 2006 )「器官なき身体」を「腑抜け」が読む

アルトー最晩年のラジオ劇『神の裁きと訣別するため』関連の文章(宇野邦一訳)と『ヴァン・ゴッホ 社会による自殺者』(鈴木創士訳)の最新訳カップリング。 心身の不調と経済的苦境によって死にまで追い詰められた二人の人物。近い親族にいたとしたらやは…

ポール・クローデルの詩作とモーリス・ブランショによる詩人論「クローデルと無限」 安息と創造の賞揚

2020年現在、ポール・クローデルの詩を日本語訳で読むのはなかなか難しい。日本とのかかわりも深い元日本大使の詩人の扱いとしていかがなものかと思いはするが、読者がつかないのだろうから資本主義の世の中では致し方がない。あとはクローデル好きの現…

ポール・クローデルの戯曲『クリストファ・コロンブスの書物』(原書1927, 鈴木力衛・山本功訳 1976 )新大陸発見をめぐっての発意と失意

カトリックの世界でクリストファ・コロンブスが英雄視されているということもあるなかで作られたコロンブスの多面性を描き上げた劇。クリストファ・コロンブス第一号とクリストファ・コロンブス第二号が出てきたところで前衛劇ぽくなるのかと思ったが、スト…

ポール・クローデルの戯曲『マリヤへのお告げ』(原書1912, 鈴木力衛・山本功訳 1976 )クローデル劇作品の中のひとつのピーク。現代では上演は難しいであろうあやしい果実。

劇的効果に冴えを見せる中世を舞台とした宗教劇。ままならぬ想いに、世界は暗く沈み込むようなすすみゆきを見せるが、苛烈な奇跡と恩寵によって人々の世界は一変する。若い世代の男性二人女性二人の関係性が八年の時間経過の中で鮮やかに描き出される。女性…

ポール・クローデルの戯曲『真昼に分かつ』(原書1906, 鈴木力衛・渡辺守章訳 1960, 1976 )神話的激しさをもつ劇

同時期に起こった作者クローデルの信仰の危機と恋愛の危機を起点として成立した劇作。男性三人女性一人の四角関係、神話的激しさを持ち、刺激は強い。 【脳内上演キャスト】イゼ (ド・シーズの妻): 佐藤江梨子メザ (後にイゼの恋人): 神木隆之介ド・シ…

ウィリアム・シェイクスピア『尺には尺を』(小田島雄志訳 白水Uブックス)

エリオットの「ゲロンチョン」のエピグラフがシェイクスピア『尺には尺を』の第三幕第一場の公爵のセリフからだったので、全体も読んでみた。 Thou hast nor youth nor ageBut as it were an after dinner sleepDreaming of both. [思潮社 エリオット詩集で…

【謡曲を読む】新潮日本古典集成 伊藤正義校注『謡曲集 下』その5

「山姥」はすこし独特。一般的には、日常が崩れた後に浄化・沈静化されてまた日常に戻されるドラマ仕立てだが、山姥は神や精霊とは違って人間と地続きの世界に生きていながら別の日常、別の世界に住んでいる。人間からの移行、人間への移行もなさそうな不思…

【謡曲を読む】新潮日本古典集成 伊藤正義校注『謡曲集 下』その4

能が盛んだったのは、刀をもって戦うのが男の仕事だった時代。ぶつかれば傷つき血の出る仕事。今はたとえ体を動かしてもメンタルが傷つくのが男に限らずみんなの仕事。どちらの時代にも、歩くときの杖となってくれるのは、情けある言葉。すこし変った浄土(…

【謡曲を読む】新潮日本古典集成 伊藤正義校注『謡曲集 下』その3

能は舞、謡、衣装、面といった複数の要素からなる総合芸術だけれど、謡曲を読むだけでも十分に詩劇として楽しむことができる。「二人静」とか陶然となるような言葉の芸術であると思う。サ行の擦過音が静かに渡りゆく感覚に身をゆだねられる。また掛詞の言葉…

【謡曲を読む】新潮日本古典集成 伊藤正義校注『謡曲集 下』その2

狂い踊るのはこころの辛さに辛うじて対峙するため。能には、男亡霊ばかりで男物狂いが少ないところは、男のほうが現世での救いが少ないことのあらわれかもしれない、と、現代の読み手として勝手な思いを抱く。 【花筐】継体天皇の越前隠棲時代に愛した照日の…

【謡曲を読む】新潮日本古典集成 伊藤正義校注『謡曲集 下』その1

凝った念の力を開放して沈静化させる酵素のような働きを日本の歌舞は担っているようだ。 【難波】仁徳帝の即位を推進した王仁の霊の語りと舞の劇 しかればあまねき御心の 慈しみ深うして 八洲(ヤシマ)の外(ホカ)まで波もなく 広きおん恵み 筑波山の蔭よ…

【謡曲を読む】新潮日本古典集成 伊藤正義校注『謡曲集 中』その5

妄念が主役となるがゆえに、浄化、鎮魂、魂鎮めがクライマックスとなる。思いつめてしまうのは怪しい世界に通じる道。 【定家】定家の執心がこもる定家葛に呪縛された式子内親王の霊の語りと成仏の劇 式子内親王始めは賀茂の斎の宮に備はり給ひしが ほどなく…

【謡曲を読む】新潮日本古典集成 伊藤正義校注『謡曲集 中』その4

いま、春一番が吹いている。歌は出てこないので、相も変わらず本を読む。好き嫌いは別にして、日本文芸の通奏低音として天台本覚思想やアニミズムが流れていることは逃れようのないことなのだと思う。「有情非情のその声 みな歌に洩るる事なし 草木土砂(ソ…

【謡曲を読む】新潮日本古典集成 伊藤正義校注『謡曲集 中』その3

小野小町は老いても落ちぶれたり取り乱したりする可能性は少ないと思うのだが、劇としては、若く美しい往年の姿と老いて醜い現在の姿の対比が効果的で好まれ、同趣旨の作品がいくつもつくられている。 【角田川】人商人に拐わされ死んでしまった梅若丸の霊と…