読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

フェリックス・ガタリ『カオスモーズ』(原著 1992, 訳:宮林寛+小沢秋広, 河出書房新社 新装版 2017)

固着し自閉しようとする力に対して、日常的で小さな活動が外や他のものに向けて自己を開き、新たな結びつきを創造的に生み出すことを論じた、スキゾ分析の実践者フェリックス・ガタリの遺作。訳者の方針でガタリの普段の語り口を再現させるように訳されてい…

加藤楸邨『一茶秀句』(春秋社 1964)

俳人加藤楸邨の芭蕉研究の延長に生まれ出た一冊。研究者の書といってもいいくらい冷静な鑑賞で、俳句と俳文から一茶の悲しい性をしずかに伝える。 春立つや愚の上にまた愚にかへる 愚につける薬もあらざれば、なほ行末も愚にして、愚のかはらぬ世を経ること…

山本健吉『芭蕉全発句』(講談社学術文庫 2012, 河出書房新社 1974)

芭蕉の全発句、973句を制作年代順に注釈した著作。芭蕉の作風の変遷を、俳句研究の泰斗によって案内されることができる稀有な一冊。紀行文や七部集の成り立ちが自然に学べる。 www.kodansha.co.jp 【目次】寛文・延宝 寛文期 延宝期天和・貞享 天和期 貞享元…

與那覇潤『知性は死なない - 平成の鬱をこえて 増補版』(文春文庫 2021)

加速する資本の論理のなかで知性はいかに共生の道を考えていけるのか。 30代の半ばに重度の双極性障害を発症し、一時は言語能力にさえ支障を来たすようになった著者が、回復の途上で実践的に考察した知性の意味とその展開の記録。 知の番人たる大学人まで…

ジャック・ランシエール『美学における居心地の悪さ』(原著 2004, 訳:松葉祥一+椎名亮輔 インスクリプト 2025)

感性的なものを通して芸術と政治がどのような関係にあるのかを考察した書物。基本的にセミナーや講演を集成した著作であるため、文章の息は長いが語りの印象が強い文体の美学書で、わりと読みすすめられやすいものではあるが、フランスの現代哲学への言及な…

ノエル・キャロル『批評について 芸術批評の哲学』(原著 2009, 訳:森功次 勁草書房 2017)

「批評とは本質的に理由にもとづいた価値づけである」という主張を軸に据えた分析美学の書。一見当たり前のように見える主張が現代的な批評にあっては逆に忌避されていることを憂慮して書かれた書物であるようだ。 芸術の各種カテゴリーのなかにおける批評対…

復本一郎校注『鬼貫句選・独ごと』(岩波文庫 2010)と関悦史

「東の芭蕉,西の鬼貫」と並び称された江戸中期の俳人鬼貫の代表的発句と俳論を収めた文庫本。「まことの外に俳諧なし」というのが鬼貫が貫いた俳道であった。 現代の俳人関悦史に独楽澄むや《現実界(レエル)》のほかに俳句なしという句がある。 《現実界(レ…

三木清の親鸞二冊 『三木清「親鸞」』(法蔵館文庫 2025)『三木清遺稿「親鸞」-死と伝統について』(白澤社 2017)

三木清が治安維持法で検挙される前に綴っていた最晩年の草稿「親鸞」関する研究書二冊。 三木清の魅力は、カントとの格闘などにみられる冷徹な論理思考を持ちながら、親鸞やパスカル的な人間的な弱さや情念を見つづけようとした、絶対者ではない中間者として…

熊野純彦『和辻哲郎-文人哲学者の軌跡』(岩波新書 2009)

和辻晩年の未完の自伝の紹介から説き起こし、その思想傾向と思想にある限界を冷静な筆致で描き出していく導入書。 穏やかな読み解きで心地よく読ませる良書ではあるが、これを読んで和辻の著作を読もうかという思いに駆られるかどうかとなるとちょっと疑問。…

『山口誓子句集 激浪 付・桂信子「激浪」ノート』(邑書林句集文庫 1998)

『激浪』は新興俳句の巨星山口誓子の第五句集。肺の病で職を離れ、三重県の海岸沿いに転居し療養生活を送っていた時の作品を収める。それまでのモダンな作風は影を潜め、眼前の事物の徹底した写生に内省を滲ませる精神性の高い作風への転換が試みられている…

『津沢マサ子俳句集成』(深夜叢書社 2006)

西東三鬼、高柳重信と新興俳句、前衛俳句の雄に学んだ俳人。知的で乾いた抒情が基本線となっているだろうか。 私撰5句:灰色の象のかたちを見にゆかん荒涼と生まれたる日の金盥空っぽになって大きな春の昼ゆめの世に亀裂の走るうすごおり鉛筆の匂い孤独な日…

ALS闘病と前衛俳句 格闘した俳人 折笠美秋の著作二冊 『死出の衣は』(立風書房 1986)『君なら蝶に』(立風書房 1986)

前衛俳人の雄、高柳重信がその才を認め、病に倒れたことを嘆いた不世出の俳人、折笠美秋。 友よ我は片腕すでに鬼となりぬ 高柳重信 師だけではなく、家族にも友にも愛され、そして自らも人をこよなく愛した姿がまっすぐに表現されていることは奇跡に近く、読…

『澤好摩句集』(ふらんす堂 2009)

こころ優しき前衛俳人といった雰囲気 私撰5句: 甕抱きし双掌を解けば翼かな倒木がふたたび倒れてみたき夜こなぐすり風に減りゆく川の沖やがて死ぬ景色に青きみづゑのぐ稲妻や母の老顔ただならず furansudo.ocnk.net 澤好摩1944 - 2023 ja.wikipedia.org

アート・バーマン『ニュー・クリティシズムから脱構築へ アメリカにおける構造主義とポスト構造主義の受容』(訳:立崎秀和, 原著 1988, 未来社 1993)

文学を科学的に捉えようとする努力をつづけながらも、アメリカ的なフロンティア精神、人間の創造性への信頼に流れる傾向を論じたアメリカ文芸批評史。大陸型の主体性批判の流れにある構造主義的決定論や、それを揺るがすデリダのエクリチュールをベースにし…

『ジル・ドゥルーズ講義録 絵画について』(編:ダヴィッド・ラプジャード, 訳:宇野邦一, 河出書房新社 2025)

創作とは影との戦い、紋切り型との戦いである。意図を超えた力を発現させること。 www.kawade.co.jp 【目次】一九八一年三月三十一日講義 絵画におけるカタストロフ、ターナーからセザンヌへ セザンヌの解読 セザンヌの二つの契機:カオスとの衝突という絵画…

中村裕『俳句鑑賞450番勝負』(文春新書 2007)

2000年前後の作品までを対象とした俳句鑑賞アンソロジー。 俳句に興味を持ちその界隈で時間を過ごそうとすると、実作ばかりでなく他人の作品を鑑賞することの圧にもさらされるようになる。またそれぞれに俳句観や熟達度も異なっているので、自分の感覚ばかり…

中村裕『やつあたり俳句入門』(文春新書 2003)

俳句創作入門ではなく近代俳句史入門。著者は新興俳句の作家三橋敏雄の流れをくむ書き手なので、伝統派に辛く、新興俳句系の作家を評価する傾向にあるけれども、子規から新興俳句隆盛期までの流れをしっかり知ることができる一冊だ。子規以前の月並俳句から…

『鳴戸奈菜句集』(ふらんす堂 2005)

師は永田耕衣、諧謔味の効いた想像力が展開する作品世界。 蓬摘む身はけむりかな伊吹山昭和長け貝の中なる春腐乱貌鳥や喪服が似合い妻盛ん縁の下しずかに茂る鉈に鎌埼玉まであたま直しに秋の風 ふらんす堂紹介句:花茨此の世は遠きランプかな春昼の白足袋歩…

『柿本多映句集』(ふらんす堂 1993)

ゆったりと濡れることからはじまる世界。師は赤尾兜子、しっとりとした幻想的な作品が多い作家である。 競べ吹く金管楽器風死せり遠雷や麒麟の長き舌は濡れ極月の大屑籠に猫眠るかたつむり受話器鳴るとき消えてゐる盆過ぎの家ぬちふかく木の葉擦れ ふらんす…

川名大『挑発する俳句 癒す俳句』(筑摩書房 2010)

新興前衛俳句の価値を正しく伝えようとする本書の方針のなかでも、著者の渡辺白泉推しはひときわ目立つもので、俳句という最短詩型における表現追及に関してのあるべき方向性を白泉句に見出し、未来につなげようとしている。 戦争が廊下の奥に立つてゐた銃後…

高橋睦郎『日本の近代詩を読む』(平凡社ライブラリー 2025)

日本の近代詩のはじまりの時期に活動した27名の詩人・歌人・俳人を取り上げ、3つのジャンルすべての実作者でもある高橋睦郎が代表的作品と見做したものを透徹した眼で鑑賞していく、価値あるアンソロジー。明治期から昭和初期にかけての表現の流れと、そ…

川名大『俳句は文学でありたい』(沖積舎 2005)

「俳句は文学でありたい」というのは、小説などのように多彩なものであり且つ文学として純粋に読まれるものでありたいという願いの表れで、それは俳句を読む人が俳句を詠む人に限定され、しかも流派によって俳句観が細かく偏狭に分断されていることに対する…

『寺山修司の俳句入門』(光文社文庫 2006)

俳句入門書というよりも寺山修司の俳句観を述べたエッセイを集成したもの。 ・指示機能本位の言語からの解放として前衛俳句は呪術を目指せばよい・短詩型は歌謡的普遍性をもちうるのが当然である この二つの発言がもっとも特徴的だろうか。 寺山修司は10代…

川名大『俳句に新風が吹くとき-芥川龍之介から寺山修司へ』(文學の森 2014)

俳句は詩であるという立場を堅持しようとする批評家によって味読された昭和俳句に新風を起こした14人14冊の句集の案内。扱っている時代が昭和であり最年少作家が寺山修司であるというところで、新風と言われても全面的に素直に受け取れるのは誰にとって…

湯浅博雄『反復論序説』(未来社 1996)

永遠回帰し反復するものとは自己同一性をもたずそれゆえに通常の時間のなかではしかと捉えることのできない生成であり力である。本書はニーチェ、ドゥルーズ、ベルクソン、フロイト、ラカンらの思考を検討しながらネルヴァル、プルースト、ソレルス、ランボ…

ジル・ドゥルーズ『シネマ 1 運動イメージ』『シネマ 2 時間イメージ』(原著 1983, 訳:財津理,宇野邦一ほか 法政大学出版局 叢書・ウニベルシタス 2006, 2008)

人間を拘束する「真」を告発し、新たな実践の生成を映画に見る哲学書。 ある程度歴史上の映画監督の傾向を知っておかないと読み取りにも問題が生じてきそうなことが分かっていたために読むのを躊躇していた著作だったが、福尾匠が『非美学 ジル・ドゥルーズ…

江里昭彦『生きながら俳句に葬られ』(深夜叢書社 1995)

前衛と分類されるであろう夏石番矢と攝津幸彦推し。 良い作品を書いても多くの人に読まれて残っていくということはおそろしく難しいが、ひとたび言及されれば一部の作品は形を崩すことなく読み継がれる可能性があるというのが、俳句と短歌の良いところなのだ…

『鑑賞現代俳句全集 第3巻 自由律俳句の世界』(立風書房 1980)

尾崎放哉、種田山頭火、最近のというほど最近ではないが戦後世代の住宅顕信、この三人の詠風は似ていて、破滅系純真詠。昭和末期の住宅顕信においては、さすがに環境が違って判別がつきやすいが、放哉と山頭火はうっかりしないところでも、作品の境界を画し…

川名大『昭和俳句の検証 俳壇史から俳句表現史へ』(笠間書院 2015)

俳句のピークは昭和にあって今ではないということを確認させられる本のひとつ。新興俳句に関する新資料が多く収録されていて貴重だが、批評文も併せて書くような俳人を対象とした玄人向けの本だろう。俳句表現の移りゆきを年度ごとに示しつつその特徴を論じ…

『鑑賞現代俳句全集 第1巻』(立風書房 1981)

現代俳句は明治期の正岡子規の俳句革新運動からはじまり、詩型が短いこともあって、歴史的推移や時代時代の達成を比較的容易につかみやすいが、個々の作品の良し悪しを言語化して読み手の趣味判断の良し悪しとともに標準化していくことはなかなか難しい。創…