読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

栗原康『死してなお踊れ 一遍上人伝』(河出書房新社 2017, 河出文庫 2019 )

一遍かっこいい!と思ったアナキズム研究者栗原康が書いた憑依型評伝。栗原康の文体は研究者が対象を扱うというよりも自分の経験と体感を溢れさせるようにしたもので、研究者というよりも作家と思って接した方が良い。
すべてを棄てて念仏を広めるために日本各地を旅し、信仰者とともに遊行するようになると踊念仏に発展、後に時宗となる特異な信仰形態を確立した一遍。その生涯を絵巻『一遍聖絵』と語録『一遍上人語録』をベースに、最新の研究成果も取り入れながら辿っていくのだが、栗原康は一遍に同行した信者である時衆の一人であるかのように、一遍の融通念仏踊念仏を描き出す。時代を超えての一緒の叫びのようだ。

ナムナムナムナム。それにあわせて、ピョンピョンピョンピョンとびはねて、ピョンピョンピョンピョン、またはねる。連日連夜、狂ったようにおどりつづけていると、うわさをききつけたのか、外からも続々と人があつまってきて、気づけば数百人規模になっていた。フオオオオオオッ、エクスタシー、エクスタシー!!
(第三章 「壊してさわいで、燃やしてあばれろ」より)

栗原自身は浄土研究会のようなものも開いているというこで仏教の研究もしっかり行っているようではあるのだが、一遍を描くときは教理よりも世俗社会の体制に対する反抗者抵抗者としての姿により多く関心を持っていて、絶対他力の境地に導く絶え間ない念仏と身体の運動から生み出される法悦と、世俗を超えた極楽浄土からの現世娑婆世界への対抗運動をクローズアップするようにしている。踊念仏と同じようにリズムをもった文体と、「南無阿弥陀仏」の六字名号を唱えるだけの易行にも似たひらがなだらけの軽さの極みのような文体とが、有用性や身分階級などの世間一般どこにでも顔を出してくる軛を切断して回る。一遍の魂を現代に召喚し、現代日本潜在的アナキストたちに接続させようとしているかのような、挑発的な評伝になっている。

 

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【付箋箇所(文庫版)】
12, 66, 76, 87, 89, 92, 95, 140, 157, 166, 173, 179, 183, 186, 217, 230, 240, 275, 276, 277, 283


栗原康
1979 - 
一遍智真
1239 - 1289

参考:

uho360.hatenablog.com

ルイス・ホワイト・ベック『6人の世俗哲学者たち ―スピノザ・ヒューム・カント・ニーチェ・ジェイズム・サンタヤナ―』(原書 1960, 藤田昇吾訳 晃洋書房 2017)

教会と対立していると考えられる世界を世俗と定義したうえで、世俗的関心から宗教的問題に深くアプローチした哲学者について考察したコンパクトな書物。取り上げられた哲学者のラインナップが魅力的で、特に日本ではほとんど触れられることもないサンタヤナについての論考が含まれいるのが貴重。内容的にもウィリアム・ジェイズムからジョージ・サンタヤナのアメリカ哲学の師弟コンビの二章が特徴があって新鮮に読めた。

著者ベックはカントの特に『実践理性批判』を専門としているアメリカの哲学者で、ジェイムズ、サンタナヤの章が精彩を放っているのも、どこかアメリカ的感覚でつながっていることに原因があるのかも知れない。ジェイムズ、サンタナヤが個別研究として市場であまり見かけないことも、新鮮味をもたらしている理由のひとつだろう。

プラグマティズムを代表する哲学者ウィリアム・ジェイズムの世界観として、神学の伝統的唯一絶対の真理に対して、実践的要求と経験に適合する多元論的真理を説き、人々の活動によって常に生成しつづける宇宙というものを提示する。

永遠に生じ来る宇宙の中では、多くの中心を通して常に活動的で、そして無用な副産物や幻想としてではなく核としての精神を有し、世界そのものが変化し、またその中での人類の活動によって再創造される。

ジョージ・サンタヤナはスペイン出身のアメリカの哲学者で詩人。1912年以降アメリカを離れて活動した人物で、ウィリアム・ジェイズムの弟の小説家ヘンリー・ジェイムズや詩人T・S・エリオットなどの心性にも近く、アメリカ社会における異邦人性も根幹にもっていたと考えられる。思想傾向としては「宗教的真理に対する懐疑主義乃至は消極主義と、宗教的な信仰と実践における本質的な価値の肯定という二極面」を併せ持っているとベックに評されている。宗教だけでなく、芸術や科学、国家や社会などは、人間の生活上の必要から創作されたものであるという認識がサンタヤナの思想と創作を貫いている。カソリック教徒でありながら一般的な分類でいえば唯物論的であり無神論者であることを自覚していた著述家である。

全ては、必要性によって造り出されたものであるが、しかしこれらは、想像力と理性の理性化を表現している映像乃至は神話なのである。完全に実現された理性の根源力においては、理性は単に映像であることをやめて、作用的になる。衝動は単に野獣的であることを止めて人間的になる。行動は発作的で虚飾的であることを止めて知性的で効果的になる。理性の根源力そのものが、人間のような意識的な存在者の具体的な理想である。

サンタヤナは日本での需要がそれほどなかったためか、ほかの5人と比較すると翻訳書が古い上に少ないのが残念な思想家だ。

最後に翻訳について。ベックの弟子筋の研究者である藤田昇吾は、大学の教授職も務めていたカントを専門とする人物。哲学の専門家で、哲学上の用語や固有名についての知識は当然のようにもっているはずであるのだが、本訳書では日本で通常使用されているものとは違う訳語がたびたび使われている。おそらく引用箇所についても原書の英語からの直訳で通しているためであるためだろうが、固有名詞にまでそのことが貫徹されると、少し違和感も持つ。Zarathustraはツァラトゥストラではなくザラツストラ、Omar Khayyámはウマル・ハイヤームでもオマル・カイヤームでもなくオウマ・カイヤーム。訳文も直訳で硬いなあという感じが時々湧いてくるのがすこし惜しい。

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【付箋箇所】
8, 33, 40, 52, 55, 57, 63, 64, 70, 73, 78, 80, 86, 91, 93, 95, 104, 105, 106, 110

目次:
第1章 世俗哲学とは何か?
第2章 世俗哲学者たちの一族
第3章 スピノザ
第4章 ヒューム
第5章 カント
第6章 ニーチェ
第7章 ジェイムズ
第8章 サンタヤナ

ルイス・ホワイト・ベック
1913 - 1997
藤田昇吾
1939 - 

 

冨田恭彦『バークリの『原理』を読む ―「物質否定論」の論理と批判』(勁草書房 2019)

バークリは、物質を否定し人間の知覚する精神と神の存在のみを実体であるとした18世紀アイルランドの哲学者で聖職者。主著『人知原理論』は1710年の刊行。

バークリの物質否定を強く打ち出した観念論は、ニュートンの自然科学的考えが力を持っていた当時の知識階層の社会からも強く否定され、長年の友人である『ガリヴァー旅行記』のスウィフトからもからかわれていたというものであるのに、なぜ21世紀の現在、わざわざ丸々一冊の本を使って批判的読解を試みているのだろうかというところが気になって手に取ってみた。

内容的にはジョン・ロックの観念論を批判する意図をもって書かれた『人知原理論』を、ロックの『人間知性論』の思想の側から批判し直すというのが骨子となっていて、著者冨田恭彦のロック研究の延長としてこのバークリ論が書かれたことがわかった。

バークリがロックを批判する根底に、ロックの思想への誤解があると著者は指摘している。心にあらわれる観念をバークリはもっぱら心像として扱っているのに対し、ロックは概念として考えているところに齟齬が発生していると説く。想像力が産出する心像と、知性が産出する概念の違い。この違いを説得力あるものとして描き出すために、本文の半分くらいを占めるのではないかというくらいバークリの『原理』から多くの文章が引用され、丁寧に解説を付けられた上で、バークリの思想の枠組みを浮かび上がらせていく。

バークリの『人知原理論』はちくま学芸文庫から2018年に宮武昭訳で刊行されているが、それを読んだだけでは、変なことを考える人がいたものだくらいの感想で終わってしまうことが多いと思う。私がまさにそうだった。

本書は基本的にはバークリの思想に対して批判的でありながら、バークリの特異な世界観が持つシンプルな構成や過剰な抽象的思考に対する批判の側面については現代においても有効化できると好意的に取り上げてもいる。またバークリを批判することでロックの観念論との関係が明らかにされ、ロック思想への導きともなっている。

現実の時間の流れではロックからバークリへという順に展開されてはいるが、本書ではバークリからロックに遡行しつつ、ロック思想をより厳密なものとして召喚するようにもなっている。

バークリはその主張の特異さもあって好奇心から読んでみようと思うことはあっても、ロックの『人間知性論』はなかなか読むきっかけさえ掴むことができない著作であろう。現在岩波文庫も品切れ状態らしいし、全四巻もあって分量もかなり手ごわい。

冨田恭彦リチャード・ローティの弟子筋の研究者でありローティの紹介者・訳者としての印象ばかりだったが、本書でロック研究者の側面も意識することとなった。『人間知性論』を直接読むよりも、まずロックを冨田恭彦の案内で辿っていくことで、観念論の世界に親しんでいくことを目指したい。

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【付箋箇所】
9, 24, 33, 42, 47, 51, 60, 68, 80, 84, 100, 106, 119, 148, 152, 203, 210, 218, 231, 243, 245, 250

目次:
第1章 「序論」を読む──『原理』の目的と、「抽象観念」説批判
第2章 誤読を解く──「エッセ・イズ・ペルキピー」は物質否定論の核心部分ではない
第3章 物質否定論の核心部分──「似たもの原理」と「マスター・アーギュメント」
第4章 神と自然法則──物質のない世界
第5章 反論と答弁──一四の反論に答えて
第6章 物質否定論のメリット──懐疑論無神論を退ける
第7章 バークリの抽象観念説批判・再考──心像論的「観念」理解が無視したもの
第8章 物質否定論の歪みの構造──バークリ思想の影
終 章 新たな創造的提案としての物質否定論──バークリ思想の光

ジョージ・バークリ
1685 - 1753
冨田恭彦
1952 -

 

塚本邦雄『定型幻視論』(人文書院 1972)

塚本邦雄の歌論・短詩系文学論における代表作。1950~1960年代、前衛短歌運動が最も盛んだった時期の当事者による批評的営為。短詩型文学を否定した桑原武夫の『第二芸術』 (1946) へ苦い思いを抱き、口語自由詩の作者であり短詩系文学の理論家でもあった大岡信との表現形式と韻律に関する論争を経て、「短歌という定型短詩に、幻を視る以外に何の使命があろう」という根本方針、
塚本邦雄がよく使う言葉でいえばクレドにいたりつくまでの軌跡を辿ることができる、文学史的にも貴重な一冊。
20年間の時の重みということもあるのだが、当時まだ商社の経理部に勤務しながらの歌作と批評活動を行っていたことを考えると、やはり驚かざるを得ない。短詩系を選んだ人々で第一線で活躍していた人たちの生活のための仕事と作家としての仕事の両立ぶりには凄まじいものがある。岡井隆しかり、吉本隆明しかり。大岡信も本書に収録されている論争時点では読売新聞社外報部記者であった。詩の言葉に深く打たれてしまった人の苦悶格闘と時に刺し貫く痙攣的な美的体験は、摸倣を誘いつつ厳しい選別意識にあふれている。
ついさっき読んでいたシオランの言葉に次のものがあった。
不幸は受け身の、忍従の状態だが、呪いは逆方向ながらある選抜が行われたことを示し、使命とか内的な力とかいう観念を想定させる。そしてそれには不幸には含まれていないものなのである。
(E・M・シオラン『誕生の災厄』より 訳:出口裕弘

呪いと祝いには通路が開かれている。パッション、受難と情熱は共存している。最高度の受動は最高度の能動へと反転する。

大岡信は西欧近現代詩からの影響が大きく口語自由詩の作り手となり、塚本邦雄古今和歌集を中心に和歌と近代短歌の影響が強く前衛短歌運動の旗手となった。ともに受動から能動への反転を身をもって生きた人物であるが、選択した詩型の違いもあって本書第Ⅲ部に収められた論争は最終的には噛み合わずに終わってしまっている。歴史的な生命、詩型の命運、力の及ぶ範囲について、より自覚的でより厳しい立場から立論しているのは塚本邦雄のほうで、論争以前の論考においても、論争以後の論考においても、ジャンルとしてのピークはとうの昔に過ぎさっていることを踏まえつつ、最も古い詩型としての和歌短歌を、ほかの散文詩歌のジャンルの各作り手が新たに語りまた詠い終えたところで、なお詠うことに意味あるジャンルとして一貫して規定している。現実の反映としての溢れ出た歌は、原初においては長歌に対する反歌としてのしての反歌という性格も併せて持っていたということを論考「反・反歌」で指摘しつつ、現代において短歌が担うべき役割と進むべき方向性を書きしるした言葉は記憶に残る鮮烈さを持っている。

短歌は生ける現実の反歌である。そしてさらにそれは幽、明の境に立って幽たる死のかなたの過去に、明たる現(うつ)つの彼方の末来に、はげしく引かれながら、反歌に反(かえ)すべき、もう一つの反歌をもとめつづける、非有の詩歌であろう。

マイナスにマイナスをかけた後に導かれるプラスはもとよりあるプラスとは根本的に異なるということをしきりに主張していた塚本邦雄の真意が、上記引用には見事に埋め込まれ、異様な輝きを放っているように思える。現実の反歌としての歌への屈折を込めた応答としての歌という二重構造のうちに現われる像は、現実をも変容させる幻となり、非存在と存在をつかのま共存させる。歌のことばは愛誦され、そのつかのまの美が反復されることで、存在しない現実もが存在する現実を存在させる文化をかたちづくる。

見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ

塚本邦雄も好んだ定家の歌を知っていることは、塚本邦雄クレド「短歌という定型短詩に、幻を視る以外に何の使命があろう」を無意識に受け入れていることにほぼ等しい。存在しない花と紅葉は幻として現実と共存しているがゆえに美しい。


【付箋箇所】
18, 27, 30, 33, 49, 76, 79, 80, 87, 89, 95, 105, 106, 110, 111, 116, 118, 120, 123, 125, 133, 145, 146, 148, 150, 162, 202, 210, 215, 249, 260, 272

目次:

短歌における「現代」
歌の回復
反・反歌
荊冠詩型 明日の短歌の使命と宿命についてのアジテーション
石胎の馬 前衛短歌批判への一考察
零の遺産
牡蠣は棘を
 

イコンの橘 現代短歌における「新」の意味
見えないもの
流れ矢 ある綜合制作論
山蚕の裔 現代短歌にとって美とは何か
無言歌について 定型抒情詩の問題
生誕と死 現代短歌の抒情
太初に譬喩あり
 

ガリヴァーへの献詞 魂のレアリスムを
遺言について 新しい調べとは
ただこれだけの唄 方法論争展開のために
 

ミノタウロスの微笑 佐佐木幸綱小論
転ぶ麒麟に関する断簡 歌集『群黎』に寄す
一人のコロス 最愛の敵、岡井隆
予見
埃及記序 『土地よ、痛みを負え』によせる反雅歌
窪田空穂小論
不死の鳩 斎藤史覚書
若き死者への手紙 亡き友杉原一司に
詩の死 故浜田到頌
幻想の結社『日本歌人
 
V
椿花変 蛇笏句集『椿花集』論
雑色雑光 耕衣句集『悪霊』覚書
悪筆の栄え 耕衣墨蹟に触れて
膠と雪 赤尾兜子句集『虚像』論 または変革期の兇器としての闘志
啓蒙の専制 堀葦男小論
 
 
塚本邦雄
1920 - 2005
大岡信
1931 - 2017

 

小島憲之編『王朝漢詩選』(岩波文庫 1987) かな文字発生前後の漢詩

万葉集』(783年頃)から『古今和歌集』(905年)のあいだは和歌よりも漢詩が栄えていた。嵯峨天皇淳和天皇のもとで『凌雲集』(814年)、『文華秀麗集』(818年)『経国集』(827年)という勅撰漢詩集が編まれ、その後も宮廷文化は上級官吏たちによる漢詩文が支えていた。基本的に男性ばかりで営まれた文化で、当時仮名文字がまだ成立普及していなかったことも漢詩中心文化であった大きな要因と考えられる。

古今和歌集』以後に勅撰の漢詩集が作られることはなかったが、漢詩はずっと作られ続けてきた。本書は七世紀から十二世紀に作られた詩三千余首から、編者が一七〇首を選び、訓読文と現代語訳と注釈をつけたアンソロジーで、現代ではなかなかまとめて読むことの少なくなった平安期の漢詩にアクセスできる。

漢詩と和歌では使用する文字も文体も取り扱える情緒や事物も異なってくる。『古今和歌集』以降の和歌でも、漢詩からの転用翻案は多くみられるものの、やはり情趣は大きく異なる。本書には百人一首にも採られるような優れた和歌詠みでもある人物が複数収められているので、和歌作品と比較しながら読んでみたりするとより面白いものとなると思う。菅原道真を筆頭に、小野篁大江匡房百人一首には採られていないが三十六歌仙の源順などがいる。

小野篁(802~852)の百人一首採用歌は「わたの原八十島かけて漕ぎ出でぬと人にはつげよ海人の釣舟」で、古今和歌集には当然かな文字で収録されているが、この時実際にかな文字で詠い記されたのかどうかということにも興味が湧く。いろは歌の作者ともいわれたこともある一世代前の空海(774-835)にかな文字の著作はなく、二世代近く後の菅原道真(845-903)は遣唐使廃止を提言し詠まれた和歌も小野篁の和歌と比べてより和風が強くなっている。和歌の低調期をささえた在原業平(825-880)は逆に漢詩文の才能がなく、歌風もどう考えてもかな文字にしか合わないものなので、かなの成立と普及は九世紀前半くらいの出来事なのだろうと勝手な想像をしたりもした。

野村火 菅原道真

非燈非燭又非蛍
驚見荒村一小星
問得家翁沈病困
夜深松節照柴扃

油の火でもなく蝋燭の火でもない、といって蛍のほのかな火でもない、
荒れた村にひとかけらの小さい星くずを見つけてびっくりする。
あれは何の火かと尋ねると、重い病気に苦しんでいる老人の家では
夜更けに松脂の火でわびしい柴の戸を照らすのだということがわかった次第。
(訳:小島憲之

讃岐守として地方行政を行なった経験から、土地の貧しい人々を漢詩で詠うことの多かった菅原道真の作品。和歌ではとても詠えない内容である。やまとことばの長歌山上憶良貧窮問答歌はあるが、漢詩のほうが鮮明で客観的でもあるため現実感に富んでいる。

流れ木と立つ白波と焼く塩といづれかからきわたつみの底

こちらは大宰権帥に左遷されたのちの和歌。和歌はやはり内面の景色を詠いあげるのに適した形式であることが漢詩と比べるとよくわかってくる。庶民の貧しさや苦しみを取り上げることが容易にできる形式ではないのだ。

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【付箋箇所】
55, 111, 132, 162, 165, 190, 242, 247, 277, 288, 295, 304, 353, 413, 419, 422, 431, 448, 453, 460, 469

小島憲之
1913 - 1998

 

菱川善夫『塚本邦雄の宇宙』Ⅰ・Ⅱ(短歌研究社 2018)

戦後の前衛短歌運動を二十一世紀にいたるまで駆け抜けた塚本邦雄を、短歌批評家としての立場から擁護し共に戦った菱川善夫による批評作品。

塚本邦雄が亡くなった2005年6月9日から二ヵ月余り、同年8月25日に刊行された追悼特集『現代詩手帖特集版 塚本邦雄の宇宙―詩魂玲瓏』に菱川善夫が選んだ代表歌500首をもとに、朝日カルチャーセンター札幌で、2006年4月から著者の亡くなる二週間前の2007年11月28日まで、33回にわたって講義された秀歌鑑賞。500首に届かず423首の鑑賞で終わってしまったことは残念だが、死の間際まで自分が愛した作家の作品とともに批評活動を貫徹した姿は清々しく、読後嫉妬さえ起こってきた。

歌を憎むほど愛したがゆえに自己にも他者にも極めて厳しく、おそらく鑑賞者にも読みの深さを求めて公然と選別していた塚本邦雄の歌は、新奇さをよろこんで軽々しく近づく者に対しても開かれているようでいて、嵐のように過ぎ去ってしまうことが多い。特に選集のように間の詰まったレイアウトでつぎつぎに文字をなぞっていくことができるようになっている場合には、あまりの密度と変化の多様さのために、どこかパロディめいた感触を抱きながら読み過ごしてしまうケースが多々ある。イメージ喚起の正しさを維持しようと正字正仮名を使用していることも、新字新仮名しか知らない世代にとっては、狂言綺語のイメージを高めるほうにはたらいてしまっている。

伝統の重みとともに最先端を切り拓いて走っていたものが、多くの読者による未消化と追随者の力量不足のため、本人や同行者がいなくなった途端に(雰囲気的に)古びてしまうこともあるかもしれないし、再考するための時間が必要とされるために一時下火になっている可能性もあるかもしれない。

本書は、入れ替わりの激しい短歌界の同時代を生き抜いた戦後派の人物による、時間的にも解釈的にも厚みのある塚本邦雄歌人像を伝えている。

塚本邦雄が憎んだものは、幾人もの命を奪った戦争と、その戦争の姿を忘れて飼いならされたようなまやかしの平安の日々に満足させられている人々の姿だった。時代の主流に一貫して批判の目を向けながら歌作を続けた塚本邦雄の作品に、歌が成立した当時の世相を絡めながら観賞するスタイルが本書の特徴となっている。戦後の市民の動きとそれに対する占領軍主導の抑圧と統制の様子などが歌とともに語られると、歴史的時代的な重みと精神的な闘争の生々しさが、断然新鮮味を増してくる。

前衛短歌に関わる歴史的時代的な出来事で、塚本邦雄の歌風の変遷とともに本書で重要視されているのは、三島由紀夫の自決と盟友岡井隆の失踪。塚本邦雄の歌集では第七歌集『星餐圖』(1971)から第十一歌集『閑雅空間』(1977)までの1970年代歌人50代壮年期の作品についての鑑賞の部分。

古典炎え盡きたり神無月夕ひばりきららなしつつわれ墜ちゆかむ 『星餐圖』
散文の文字や目に零る黒霞いつの日雨の近江に果てむ 『されど遊星』
花鋪の山櫻かたぶき遊星にのこすわが歌よみびとしらず 『閑雅空間』

独自の歌風を開拓し数多の作品を残しながらも、自分の歌は詠み人しらずの歌として誰でもないものの絶唱として数首残ればよいという心は、塚本邦雄の歌作における本心であるような印象を持つ。この辺りが自己主張をわざとらしいまでに最後まで押しとおした三島への解答にもなっているのではないかと思っている。
岡井隆との関係性はまだ自分なりに納得できる落としどころが見えていないので本書の助けも借りて別途検討したい。

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【付箋箇所】

11, 12, 20, 25, 26, 32, 36, 39, 75, 79, 91, 99, 158, 168, 280, 290

22, 28, 31, 48, 62, 64, 73, 74, 75, 81, 83, 85, 103, 123, 153, 166, 181, 215, 240, 246, 254, 315

菱川善夫
1929 - 2007
塚本邦雄
1920 - 2005

 

塚本邦雄『新古今集新論 二十一世紀に生きる詩歌』(岩波書店 1995)

岩波書店が主催するセミナーの2時間×4回という枠組みで新古今集を正面から扱うことに無理を感じた塚本邦雄が、新古今集成立の周辺を語ることで、新古今集の特徴的な輪郭を炙り出した一冊。

前半部分で新古今風の母体となった六百番歌合と千五百番歌合における六条家と御子左家との対立の様相を拾い上げ、後半は実質的撰者である後鳥羽院の選歌に見られる和歌観を定家との対立と承久の乱での遠流後の隠岐本での収録歌削除から検討し、また新古今集成立年と生年との制約もあって新古今集には採られることのなかった源実朝の歌に新古今集の影響が大なることを示して従来の万葉調ばかりの実朝賛に一石を投じ、さらに新古今随一の女性歌人式子内親王を取り上げ和泉式部や伊勢を超える歌人であると手放しで称揚している。塚本邦雄が定家、良経、後鳥羽院について語るのはほかの書物でもよく目にするが、実朝と式子内親王をまとまった分量でしっかり語るケースはかなり珍しい。

一見すると、新古今集を知るにはバランスが悪いような対象選択ではあるのだが、実際に本書を読み通してみると、新古今集の華麗さがどの辺にあるかということがわりとはっきり見えてくる。特に後鳥羽院隠岐本の削除歌から見てとれる鑑賞眼の変化を批判的に検討し、削除歌にこそ秀歌が多いとはっきり示しているところはキレがある。セミナーをもとにした著作ということもあって、ほかの塚本邦雄の著作よりも厳めしさが少ないところも親しみやすく、人にも薦めやすい一冊なのではないかと思う。

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【付箋箇所】
54, 71, 85, 109, 128, 132, 163, 176, 179

目次:
Ⅰ 六百番歌合
 1 新古今集序の序
 2 六百番歌合
Ⅱ 千五百番歌合
 1 新古今集編纂に向かって
 2 千五百番歌合
Ⅲ 新古今歌人列伝 その一
 1 良経・慈円・俊成・定家等
 2 後鳥羽院と定家の確執
 3 金槐集考
 4 隠岐本考
Ⅳ 新古今歌人列伝 その二
 1 式子内親王
 2 茂吉の定家論
 3 終りに二言
登場人物年齢表

塚本邦雄
1920 - 2005