読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

日本の古典

星野文子『ヨネ・ノグチ  -夢を追いかけた国際詩人-』(彩流社 2012)

いまでは芸術家イサム・ノグチの父としてかろうじて知られるくらいだが、一時は国内外で評価の非常に高かった詩人野口米次郎。おもに最初期の詩と国際的詩人として地位を確立するまでの半生を扱った人物伝といったところ。手紙などの一次資料に頼りすぎなの…

訓読・現代文訳・解読:石井恭二 一休宗純『一休和尚大全』上下巻(河出書房新社 2008)

禅の公案集の解説書を読んでいるうちに、名前の出てこない一休のことが気になりだして手に取った著作。 禅の世界では拈弄という批評の方法があって、自分の工夫を端的に付け加えることに重きを置くがゆえに先人を評価しているのだが敢えて批判的言辞を弄する…

石井恭二『現代文正法眼蔵』全6巻(河出書房新社 1999-2000)

石井恭二による道元の正法眼蔵の現代語訳。巻末にまとめられた簡単な注以外は本文の現代語訳のみという最低限の構成ではあるが、とりあえず全巻通読して全容を感覚的に知りたいという私のような読者にとっては、ぴったりの著作。一冊250ページ前後で、順…

松本章男『道元の和歌  春は花夏ほととぎす』(中公新書 2005)

道元は鎌倉初期の仏僧で、当時盛んだった和歌の世界は表現の本領ではなく、『正法眼蔵』や『永平広録』などの教学と比べれば、道元の歌そのものの価値はあまり高くはないし、同時代の仏僧の勅撰和歌集収録歌数を比べてみても、道元の和歌は魅力に乏しいこと…

訓読・注釈・現代文訳:石井恭二 道元『永平広録』全三冊(河出書房新社 2005)

道元は享年54で、今年になって道元よりも長く生きているということに気がついた。ということで前から気になっていた『正法眼蔵』に取り組もうかと考えていたのだが、何しろ敷居が高そうなので、まずは説法を集めた『永平広録』から読んでみることにした。…

吉本隆明『良寛』(春秋社 1992, 2004)

批評家吉本隆明の著作の中でもひときわ完成度の高い思考の軌跡をたどることのできる一作ではないかと思う。突出した読み手として在ることと、読むことによって更新された表現の世界(対象)が同時に立ち上がってくるような感覚を味わうことができる読書経験…

『前川佐美雄歌集』(編:三枝昻之 書肆侃侃房 2023)

モダニズム短歌の雄、前川佐美雄の最新選集。 本選集は、評価の高い青春期から壮年期にかけての『植物群』『大和』全首と、51歳の時に発表した「鬼百首」全首を核に据えた意欲的な編集構成。 1903年、明治36年生まれの歌人の同時代人には、俳人:中…

釈徹宗『天才富永仲基 独創の町人学者』(新潮新書 2020)

富永仲基の方法論「加上」「異部名字難必和会」「三物五類」(張・泛・磯・反・天)「国有俗」「誠の道」を、主に『出定後語』を読み解きながら解説している良書。31歳で夭折してしまった仲基の早熟と天才的分析力がすっきりストレートに伝わってくるしっ…

中央公論社刊 日本の名著18『富永仲基・石田梅岩』

松岡正剛と田中優子の対談本『江戸問答』で江戸時代の知識層は聖人を目指していたというのを読んで、今はもうそういう時代ではないなと思いつつ手に取った著作。二人ともに儒学をベースに仏教と道教あるいは神道の教えを柔軟に取り込んで教条的になることな…

高橋陸郎『語らざる者をして語らしめよ』(思潮社 2005)

古事記を核に論じた日本の神話と詩の発生に関するエッセイ「神話の構造のためのエセー」(現代詩手帖 1979.11)と0年代に物された連作詩篇「語らざる者をして語らしめよ」のカップリングの一冊。矮小でありながら超越し、超越していながらきわめて矮小な日本…

木下長宏『美を生きるための26章 ―芸術思想史の試み―』(みすず書房 2009)

2005年5月から2024年の現在に至るまで横浜でつづいている勉強会「土曜の午後のABC」の最初期の芸術全般を扱った講義をまとめて一冊にしたもの。上下二段組で本篇全437ページとボリュームは相当なものだが、内容的には平易な言葉でそれぞれの…

松岡正剛『うたかたの国 日本は歌でできている』(工作舎 2021)

松岡正剛の日本の詩歌に関する文章を、イシス編集学校で学んだ歌人でもある編集者米山拓矢(米山徇矢)がまとめ上げた、濃密な一冊。多くの本から切り取られた断片の集積であるにもかかわらず、古代から現代までの日本の詩歌芸能の推移を追うようににして積…

柳田国男『不幸なる芸術・笑の本願』(原著 1946, 1953 岩波文庫 1979)

苦しみ多い現実を凌いでいけるように、時に情動を解放してこわばりをほぐし、区切りをつけて新たに向き直るようにしてくれる、笑い、泣き、たくらみの様々な様相と効能を説き、近代以降に衰退してしまったそれらの技芸や習俗となっていた振舞いの再興を願い…

柏倉康夫『評伝 梶井基次郎 ―視ること、それはもうなにかなのだ―』(左右社 2010)

マラルメの研究・翻訳で多くの著作を持つ元NHKキャスターで放送大学教授でもあった柏倉康夫が25年の歳月をかけて書き上げた大部の梶井基次郎伝。多彩な人物のライフワークのひとつであろう。こだわりを持っている対象ではあろうが、著者の多才さゆえに…

塚本邦雄『秀吟百趣』(講談社文芸文庫 2014, 毎日新聞社 1978)

塚本邦雄が案内する濃密な近現代の短詩型の世界、短歌と俳句を交互に取り上げ103の作品とその作者を紹介鑑賞している。昭和51年から52年にかけて2年間にわたって週刊の「サンデー毎日」に連載していた原稿がベース。詩歌アンソロジー編纂に長けた博…

橋本不美男訳校注「俊頼髄脳」(小学館『新編日本古典文学全集87 歌論集』2002)

「俊頼髄脳」は源俊頼(1055-1129)が時の関白藤原忠実の依頼で、のちに鳥羽上皇に入内し皇后康子となる娘勲子のために著した歌論書。成立は1113年ころ。歌論集としてはかなり初期のもの。 社交のツールとして頻繁に使われていた和歌についての素養を身につけ…

『マチネ・ポエティク詩集』(水声社 2014)

マチネ・ポエティクとは、太平洋戦争中の1942年に、日本語による定型押韻詩を試みるためにはじまった文学運動。詩の実作者としては福永武彦、加藤周一、原條あき子、中西哲吉、白井健三郎、枝野和夫、中村真一郎が名を連ねている。後に散文の各分野にお…

コレクション日本歌人選024 青木太朗『忠岑と躬恒』(笠間書院 2012)

古今和歌集編者のうち二人、壬生忠岑と凡河内躬恒のアンソロジー。凡河内躬恒は紀貫之との交流も深く屏風歌の需要が多くあった時代の専門歌人ともいえる人物であるのに対し、壬生忠岑は紀友則とともに少し上の世代で菅原道真編纂の『新撰万葉集』の主要歌人…

塚本邦雄『王朝百首』(講談社文芸文庫 2009 文化出版局 1974)

塚本邦雄の定家撰百人一首嫌いはすさまじく、本書以外にも『新撰 小倉百人一首』があるし、他書でも事あるごとに定家の批評眼について疑問を投げかけずにはいられないようだ。伝統文化として定着してしまった観のある小倉百人一首にそれほど目くじら立てても…

田中喜美春+田中恭子『貫之集全釈』(風間書房 私家集全釈叢書20 1997)

紀貫之の私家集の全注釈本。基本的には本文(現代的表記の漢字かな交じり文に変換したもの)・本文異同の検討・現代語訳・語釈による四段構成で、追加で補説参考の考察を付加している。全般的に縁語や掛詞や願掛けを主体とした歌の呪術的機能への配慮が目立…

堀江敏幸訳の『土左日記』(河出書房新社 池澤夏樹個人編集 日本文学全集03 2016)

ひらがな主体の『土左日記』が当時書かれた状態の姿に限りなく忠実に現代語に移した画期的な翻訳。少なく見積もっても傑作といえるだろう。 おとこがかんじをもちいてしるすのをつねとする日記というものを、わたしはいま、あえておんなのもじで、つまりかな…

藤岡忠美『紀貫之』(講談社学術文庫 2005, 集英社 王朝の歌人シリーズ 1985)

紀貫之はいわずと知れた『古今和歌集』の編者で『土佐日記』の作者。かな文学創生期の大人物であるが、公的な役職地位は低く(といっても貴族階級に属し、支配階級との交流もあるのだが)、伝記的な資料はかなり限られている。人生の再現するのに確実な記録…

塚本邦雄『珠玉百歌仙』(講談社文芸文庫 2015, 毎日新聞社 1979)

人生は短く芸術は長いとはよく耳にする言葉だが、芸術は非情だ。誰にでも開かれているようでいても、誰もが可能で誰もが到達できる、というわけではない。時代によって、個々の鑑賞者の資質によって、選ばれ称賛される作品に違いは出てくるであろうが、その…

高橋源一郎訳の『方丈記』

河出書房新社から出ている池澤夏樹個人編集の日本文学全集では古典作品を現代の小説家がかなり自由に翻訳している。そのなかで『方丈記』を高橋源一郎が翻訳しているということなので、読んでみることにした。いったんは図書館の書棚から手に取ってみて、表…

高橋睦郎『深きより 二十七の聲』(思潮社 2020)

西欧の詩歌が輸入される以前の日本の旧体の詩歌がいかなるものか、またいかなる人たちの手になるものか、降霊術の体裁を借りた故人の語りを詩として提示した後に、高橋睦郎による詩人の評釈が加えられ、日本の詩歌の頂きを過去から現代へ向けて、ほつりほつ…

三木紀人『鴨長明』(講談社学術文庫 1995, 新典社 1984)

広範な資料を読み解き、細部を形成している言葉の選択から人物の考えや動向をリアルに特定し、資料に残されていないものに関しては想像力をもって踏み込んだ人物像を描きあげている、出色の鴨長明伝。比較的硬質の文体での記述でありながら、学術的な感触よ…

木船重昭『久安百首全釈』(笠間書院 1997)

久安百首は崇徳院が二度目に召した百首歌で、第六勅撰集『詞花和歌集』(1151)の資料として召されたと考えられている。ただ詠進歌が出揃ったのは久安6年(1150)であり、『詞花和歌集』の選者藤原顕輔にとっては検討期間が短くまた『詞花和歌集』の選歌の方針…

コレクション日本歌人選 049 小林一彦『鴨長明と寂蓮』(笠間書院 2012)

鴨長明と寂蓮。ネームバリューで『方丈記』の鴨長明が優り、歌人としての優劣では寂蓮が圧倒している。本書は著者小林一彦の専門が鴨長明であることもあって、鴨長明の歌28首、寂蓮の歌22首という内訳となっているが、収録歌と収録歌鑑賞の方向性から歌…

馬場あき子+松田修『『方丈記』を読む』(講談社学術文庫 1987, エッソ・スタンダード株式会社広報部 1979)

鴨長明が残した散文作品と和歌と同時代の「家長日記」などを語りながら、鴨長明の人間像についてざっくばらんに語り合った対談録。長明の非徹底的な側面を比較的冷たくあしらうように語る日本文学者松田修と、不完全で弱さに徹底してまみれた長明を文学者の…

五味文彦『鴨長明伝』(山川出版社 2013)

歴史学者が鴨長明の三作品『無名抄』『方丈記』『発心集』と残された和歌、そして関連作品・関連資料を綿密に読み込んだうえで提示した信憑性の高い鴨長明の伝記作品。散文三作品が書かれた順番やおおよその時期を確定し、また鴨長明の生年と残されたエピソ…