読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

2023-01-01から1年間の記事一覧

キルケゴール『イロニーの概念』(原著 1841, 飯島宗享・福島保夫・鈴木正明訳 白水社 キルケゴール著作集20,21 1967, 1995)

キルケゴール28歳の時の学位取得論文。ソクラテスのイロニーとドイツ・ロマン派のイロニーを二部構成で論じている。分量的には9対2くらいの割合で圧倒的にソクラテスに関する論考が多く、評価もソクラテスのほうが高い。全体としてみると、ソクラテスの…

ベルトルト・ブレヒト『転換の書 メ・ティ』(績文堂出版 2004)

ベルトルト・ブレヒト(1898-1956)が墨子(メ・ティ)に自身を仮託して織り上げていった断章形式の未完の書物。墨子の名を冠してはいるが本家墨子とは似ていない。1934年から1951年にかけて継続的に書かれたものが多く、最晩年までの断章を含む本書の内容は、…

藪内清訳注『墨子』(平凡社 東洋文庫599 1996)

ベルトルト・ブレヒト(1898-1956)が墨子の偽書という形で『転換の書 メ・ティ』(遺稿原著 1965, 績文堂 2004 訳:石黒英男+内藤猛)を書いたと知ったことと、柄谷行人の最新著作『力と交換様式』(岩波書店 2022)の第Ⅰ部第4章「交換様式Dと力」8「中…

イマヌエル・カント『たんなる理性の限界内の宗教』(原著 1793, 岩波書店カント全集10 2000)

理性は限界を超えて働こうとする傾向があるため、逆に理性の限界内にその働きをおさめることこそ難しい。『たんなる理性の限界内の宗教』では内なる道徳法則にかんがみて、真の宗教は理性的な道徳的宗教のみとし、既成の啓示宗教を批判的に考察しつつ、最終…

ロラン・バルト『記号の国』(原著 1970, 石川美子訳 みすず書房 ロラン・バルト著作集7 2004)

バルトが1966年から1967年にかけて三度日本を訪れたことをきっかけに書かれた記号の国としての日本讃歌の書。 日本的とされるエクリチュール(書字、書法、表現法)の実体にとらわれない空虚さの自由度に感応したバルトの幻想紀行的小説風テクスト。…

イマヌエル・カント『人間学』(原著「実用的見地における人間学」1798, 岩波書店カント全集15 2003)

カントが長年にわたってひろく講じてきた「人間学」を晩年にまとめて出版した講義録。三大批判書や『単なる理性の限界内での宗教』 、『永遠平和のために』 などの理論的に突き詰めた論理構成の厳しさのある著作とくらべると、緊張感はすこし緩んでいて、2…

松浦寿輝『詩の波 詩の岸辺』(五柳書院 2013)

1999年から2011年にかけて書かれた松浦寿輝による日本の現代詩への誘いの文章。 2009年度第17回萩原朔太郎賞受賞作でもある自身の詩集『吃水都市』を含めて、本書で取り上げられている詩集や詩人は、詩歌文芸にすこしでも関心のある読者にとっ…

堀口大學訳『月下の一群』(初版 1925, 岩波文庫 2013)

大正14年9月、10年ほどの間に訳しためていたフランスの最新の詩人たちの詩を集めた大部なアンソロジー。66人339篇にわたる訳業は、まとめるにあたっては、フランスの最新の詩の動向を伝えることはもちろん、日本語における詩の表現の見本となるこ…

『ペーター・フーヘル詩集』(小寺昭次郎訳 積文堂 2011)

旧東ドイツの詩人ペーター・フーヘル(1903-1981)の生前刊行詩集全五冊のうちから代表的な第一詩集『詩集』(1948)と第二詩集『街道 街道』(1963)を全訳刊行したもの。 ペーター・フーヘルは1946~62年までの間国際的な文芸雑誌『意味と形式』の編集者で…

ブルーノ・シュルツ『シュルツ全小説』(工藤幸雄訳 平凡社ライブラリー 2005)

ポーランドのユダヤ系作家・画家・ホロコースト犠牲者。 ヴィトルド・ゴンブローヴィチ、スタニスワフ・イグナツィ・ヴィトキェヴィチとともに「戦期間ポーランド・アヴァンギャルドの三銃士」とも呼ばれた奇想の作家。 カフカ的な世界と比較されることも多…

アントワーヌ・テラス『ポール・デルヴォー 増補新版(シュルレアリスムと画家叢書3 骰子の7の目)』(原著 1972, 與謝野文子訳 河出書房新社 1974, 2006 )

ポール・デルヴォーの絵画世界は、それに触れた著述家にそれぞれの詩的世界を夢想させる自由を与えているようで、画集の解説文という位置づけにある文章であっても、作品の美術史上の位置づけや意味づけよりも、鑑賞者が受け止めるであろう印象のひとつのケ…

江川隆男『存在と差異 ドゥルーズの超越論的経験論』(知泉書館 2003)

超越的な規範としてのモラルから、生に内在する生を肯定する力としてのエチカへの転回。 ドゥルーズの著作の中では特異なスタイルで書かれた『カントの批判哲学』に関して、カントは自分にとっての敵であったがゆえにほかの著作とは異なるスタイルとなったと…

『グランド世界美術 13 デューラー/ファン・アイク/ボッシュ』(講談社 1976 編集解説:前川誠郎 特別寄稿:野間宏 図版解説:勝國興)41×31cm

書名に表記されている画家は3名だが、内容的にはより広範な対象を扱っている画集。構成としては「ファン・アイクからブリューゲルまでの15,16世紀の初期フランドル絵画」と「デューラーの時代―16世紀のドイツ絵画」という二部構成で、ヨーロッパ北部…

笹井宏之(1982-2009)の歌集三冊:『ひとさらい』(Book Park 2008, 書肆侃侃房 2011) 、『てんとろり』(書肆侃侃房 2011) 、『えーえんとくちから』(PARCO出版 2011)

2009年、26歳という若さで惜しまれつつ亡くなった歌人笹井宏之。先日NHKでドキュメンタリーの特集「いまも夢のまま 15年目の笹井宏之」が放映されていたということをネット上のニュースで知り、番組自体は未見にもかかわらず、気になり歌集を手に…

エルヴィーン・パノフスキー『芸術学の根本問題』(原著 1964, 1974, 細井雄介訳 中央公論美術出版 1994)

最初に哲学書房(1993)、のちに筑摩書房より文庫化(2009)された『<象徴形式>としての遠近法』を含むパノフスキーの代表的な美術論集。 ひとつの文章が長くて、内容自体も凝縮されたものであるために、じっくり根気よく付き合っていかないと読み通すのが難し…

ロラン・バルト『物語の構造分析』(花輪光訳 みすず書房 1979)

バルト選集の第一巻として、1961-71年のあいだに公表されたもののなかから本人が選んだ論考を訳してまとめた著作。バルト生前の翻訳書で。日本をテクストとして読み解いた『表徴の帝国』(1970)にも深く関係する、異端の学者としての存在表明、闘いの…

『田中裕明全句集』(ふらんす堂 2007)

俳句には季語がある。その季語が分かっていないと読んでも何のことだかわからないということが起こる。調べながら読んだりもするのだが勢いをそがれるのでわからないからといって全部調べるというわけにもいかない。穴惑、つちふる、生御魂などは調べた。漢…

ロバート・ブラウニング(1812-1889)の訳詩集三冊:富士川義之編訳『イギリス詩人選 6 対訳ブラウニング詩集』(岩波文庫 2005)、大庭千尋訳『ブラウニング詩集 男と女』(国文社 1975)、大庭千尋編訳『ブラウニング詩集』(国文社 1977)

詩人が詩の語り手たる人物の声を創造的に模倣する「劇的独白」の手法で20世紀の文学界に大きな影響を与えることになったロバート・ブラウニング。歴史上の人物や架空の人物のモノローグからなる詩の手法は、シェイクスピアやジョン・ダンなどの影響からブ…

『北村太郎の全詩篇』(飛鳥新社 2012)

生前刊行の全13詩集と未刊詩篇と詩劇1篇。反自然としての人間を詠う詩人。 物欲、心欲はなくなるはずがなくヒトの、ぼくたちの怪物性はいよいよ彩りゆたかになり、矛盾の垣根の無限につづく道ばたで、あいそよく頭を下げあう(「すてきな人生」より) 詩…

塚本邦雄『秀吟百趣』(講談社文芸文庫 2014, 毎日新聞社 1978)

塚本邦雄が案内する濃密な近現代の短詩型の世界、短歌と俳句を交互に取り上げ103の作品とその作者を紹介鑑賞している。昭和51年から52年にかけて2年間にわたって週刊の「サンデー毎日」に連載していた原稿がベース。詩歌アンソロジー編纂に長けた博…

小田部胤久『芸術の条件 近代美学の境界』(東京大学出版会 2006)

「美学」という学問とともに誕生した「芸術」という近代的概念について、主にドイツ近代の美学の歴史の研究から解釈していこうとするのが本書の狙いとするところ。章題ともなっている「所有」「先入見」「国家」「方位」「歴史」という切り口から美学の政治…

元木幸一『西洋絵画の巨匠 12 ファン・エイク』(小学館 2007)31×23cm

ファン・エイクがもたらした油彩技術の革新と新しい絵画モチーフに重点をおいて紹介解説するために、特定作品に比重を置き、全体図と部分図から詳しく説明を施しているのが特徴の画集。ファン・エイクの油彩画30点はほとんど取り上げられているが、そのな…

前川誠郎編著『ファン・エイク全作品』(中央公論社 1980)33×26cm

作品全44点、図版数全106点。内訳は ファン・エイク作が30点、図版数66. ロヒール・ファン・デルウェイデン作が6点、図版数17、 ロベルト・カンピン作が8点、図版数19、 ジャック・ダレー作画4点、図版数4ヤン・ファン・エイクを中心に初…

ヴラジーミル・マヤコフスキー『一五〇〇〇〇〇〇〇』(原著 1921, 小笠原豊樹訳 土曜社 マヤコフスキー叢書7 2016)

表題はロシアの総人口数1億5千万からとられたもので、ロシア革命後に書かれた二番目の長篇詩。 アメリカ側をウィルソンとロシア側をイワンとして、20世紀のトロイ戦争として両大国の間の闘争を詠った長篇叙事詩。ロシア側の革命を賛美し、ロシア側の優位…

ステファノ・ズッフィ『ファン・エイク  アルノルフィーニ夫妻の肖像』(原著 2012, 千速敏男訳 西村書店 2015)

謎が謎のままで放置されるにもかかわらず、謎の味わいを最大限に引き出し、多くの資料を読み込んだ理性的なアプローチと惑溺ともいえる作品愛から様々な解釈の方向性を残しつつ、見るべき対象をしかと捉えて離さないステファノ・ズッフィの本文。見ていると…

執筆・監修:河野元昭『琳派原寸美術館 100% RINPA!』(小学館 2022 作品解説:山本毅)30×21cm

俵屋宗達、尾形光琳、酒井抱一、鈴木其一の代表的作品から選りすぐりの23点を原寸で鑑賞。室町末期から江戸末期までの日本近世絵画のなかで独特のデザイン性と高度な技巧で輝きを放っていた琳派の世界に深く入り込むことができる。展覧会に行ってもなかな…

石塚正英『マルクスの「フェティシズム・ノート」を読む 偉大なる、聖なる人間の発見』(社会評論社 2018)

『柄谷行人『力と交換様式』を読む』(文春新書)に収録された講演草稿「交換様式と「マルクスその可能性の中心」」において柄谷行人がマルクスのフェティシズム論に関して多くの示唆を受けたことを示した著作。同じ講演草稿のなかで柄谷行人は、経済的下部…

『柄谷行人『力と交換様式』を読む』(文春新書 2023)

絶望の先にある希望とうまくいかなくても耐えることの必要を説いたのが『力と交換様式』という著作だという柄谷行人の基本的考えが繰り返しあらわれるのが印象的な本。 柄谷行人自身をはじめとして、多くの共同執筆者に共通しているのは、本を繰り返し読み丹…

ルイス・キャロル『シルヴィーとブルーノ』(原著 1889, 柳瀬尚記訳 ちくま文庫 1987)

ルイス・キャロル晩年の長編小説。妖精世界と現実世界の往還記で、語り手が眠気に似た妖氛に包まれると妖精の世界に入り、妖氛が消えると現実世界に戻るという仕組み。現実世界のほうでは語り手の友人アーサーの恋愛譚が軸となって展開しているのでストーリ…

セルゲイ・エセーニン『エセーニン詩集』(内村剛介訳 彌生書房 世界の詩53 1968)

1914年19歳の時から詩作をはじめ、1925年30歳で自ら命を絶つまでの約10年間が詩人の活動期間。本書は初期詩篇として3篇が採られた以外は、1922年以降のアルコール中毒と奇行ともめ事のなかで創られた破滅に向かう自己憐憫と呪いと自己嘲…