読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

2023-09-01から1ヶ月間の記事一覧

編訳:小笠原豊樹+関根弘『マヤコフスキー選集Ⅰ』(飯塚書店 1966)

マヤコフスキー(1893-1930)は20世紀初頭のロシア未来派、ロシア・アヴァンギャルドを代表するソ連の詩人。ロシア・フォルマリズムの理論家ローマン・ヤコブソンなどとも交流があり、文学的な存在としては今日の日本においても依然大きいのではないかと考え…

宮下規久朗『カラヴァッジョ 聖性とヴィジョン』(名古屋大学出版会 2004)

『カラヴァッジョ 聖性とヴィジョン』は美術史家宮下規久朗の主著で、第27回サントリー学芸賞(芸術・文学部門)と第10回地中海学会ヘレンド賞を受賞した会心の作であり出世作でもある。 宮下規久朗は、修士課程修了後、いったんは大学を出て、美術館で学芸…

ミア・チノッティ『カラヴァッジオ 生涯と全作品』(原著 1991, 森田義之訳 岩波書店 1993)34×28cm

カラヴァッジオ研究の権威ミア・チノッティの学術書『ミケランジェロ・メリージ,通称カラヴァッジオ:全作品』(1983)を一般向けに平易に書き直し再構成されたもの。年代順にカラヴァッジオの生涯と作品を追っていく堅実な作家論であり画集でもある。カラー…

『日本の名画2 高橋由一』(中央公論社 1976)34×26cm

日本最初の洋画家と言われる高橋由一画業をカラー図版48点と、絵画に強い比較文学者であり作家の芳賀徹のエッセイ「洋画道の志士――高橋由一の精神史」と、美術評論家青木茂による評伝・作品解説からたどる大型本の作品集。 残存作品が限られているというこ…

『日本の名画24 岡鹿之助』(中央公論社 1977)34×26cm

岡鹿之助の作品は、ある時いっぺんに粒子化して霧散してしまいそうな儚げな佇まいを持っている。 煙突から煙が出ていたり、花瓶に花が生けられていたり、道には轍や人が歩いた跡があったりして、日常的なところも描かれているのに、この人の作品からは、人の…

小笠原鳥類の詩集三冊 ナンセンスのセンス

小笠原鳥類、変な名前の詩人。 21世紀の日本現代詩の世界では無視することのできない詩人であるという認識はあったものの、実際に書店で彼の詩集を手に取ってみると、これはキワモノかという思いに駆られ、自腹を切ることに躊躇したことの記憶がわりと鮮明…

星野太『美学のプラクティス』(水声社 2021)

主著『崇高の修辞学』(月曜社 2017)から4年、2010年から2019年までのあいだに発表してきた単独の論文やエッセイを「崇高」「関係」「生命」という3つのテーマのもとに集めてリライト・再編集して出来上がった美学論集。芸術作品そのものを語るより…

谷川俊太郎『虚空へ』(新潮社 2021, 装画:望月通陽)

谷川俊太郎、88歳から89歳にかけて書かれた新作の十四行詩、88篇。 短い行脚で、繰り返し読んでいると、息継ぎのリズムが心の芯に染み透ってくるような、静かで清められた言葉の力を感じる。 最長で11字、「沈黙を抱きとめる夕暮れ」「決してなくな…

橋本不美男訳校注「俊頼髄脳」(小学館『新編日本古典文学全集87 歌論集』2002)

「俊頼髄脳」は源俊頼(1055-1129)が時の関白藤原忠実の依頼で、のちに鳥羽上皇に入内し皇后康子となる娘勲子のために著した歌論書。成立は1113年ころ。歌論集としてはかなり初期のもの。 社交のツールとして頻繁に使われていた和歌についての素養を身につけ…

山内志朗『中世哲学入門 存在の海をめぐる思想史』(ちくま新書 2023)

中世哲学自体が錯綜していることもあってか著者の熱意にもかかわらず入門書としてあまり整理されているとはいえないという印象を持った。著者と中世哲学とのかかわりについての昔語りや、中世哲学者の思想読解にかかわる困難さに対する嘆きが頻繁にちりばめ…

熊野純彦『カント 美と倫理とのはざまで』(講談社 2017)

これはおそらくあとからじわじわ効いてくるタイプの著作である。 初読で雷に打たれるようなタイプの作品ではない。 カントの三大批判を個人全訳した著者による、カントの晩年様式としての著作『判断力批判』の手堅い読解の書。 本書の感触といては、教育者と…

カント『判断力批判』(原著 1790, 熊野純彦訳 作品社 2015)

『純粋理性批判』と『実践理性批判』のあいだをつなぐ第三批判書。強力なペシミズムと強力なオプティミズムが同居しているところ、人間の生まれながらの三つの心の能力(理性、悟性、判断力)の機能を隙なく理論的に組み上げているところ、非人情に徹してい…

『毛利武彦画集』(求龍堂 1991)

毛利武彦の名前を知ったのは、たしか有田忠郞の詩集のなかでのこと。本書の巻頭には詩人阿部弘一の詩が寄せられており、詩人との相性が良かったことがうかがわれる。 ちなみに阿部弘一はフランシス・ポンジュのや訳者で、有田忠郎はサン=ジョン・ペルスの訳…

ジル・ドゥルーズ『カントの批判哲学』(原著 1963, 國分功一郎訳 ちくま学芸文庫 2008)

ジル・ドゥルーズ『カントの批判哲学』には日本語訳が二つあって、本書國分功一郎訳の前には法政大学出版局から1984年に刊行された中島盛夫訳がある。二つの訳書の大きな違いは、訳者によるドゥルーズ哲学への言及で、中島盛夫はあとがきで『カントの批…

ハンス・ベルメール(1902-1975)の作品集 三冊

頽廃美。20世紀の戦争への怒りを込めた攻撃的な作品群は多くのシュルレアリストたちに受け入れられ、日本では1965年以降の澁澤龍彦の紹介によって広く知られるところとなったハンス・ベルメールは、20世紀ドイツの人形作家かつ写真家であり、画家と…

藤富保男訳編『エリック・サティ詩集 増補版』(思潮社 1997)

既成の音楽の概念におさまらないような曲を書き続けたエリック・サティが楽譜に書いていた文章を、日本の詩人藤富保男が拾い集めて翻訳し、行分け詩の形に整えた作品集。音楽同様、いい感じに力を抜けさせてくれる。実生活では貧困とアル中とでたいへんなよ…

小田部胤久『美学』(東京大学出版会 2020)

しっかり学ぶと人生がちょっと変わってしまうであろうことを予感させる美学の教科書。 カントの『判断力批判』の第一部を詳細に解説しながら、関係する先行作品と現代にいたるまでの後続の美学一般の論考に言及し、カントの論考の深さと広さを伝えてくれる優…

國分功一郎『目的への抵抗 シリーズ哲学講和』(新潮新書 2023)

2023年4月刊行の本書は、現時点での國分功一郎の最新刊。 主著『暇と退屈の倫理学』(朝日出版社 2011, 新潮文庫 2021)の思考を継承進化させた現在を、講義・講和のかたちで現代をともに生きる人たちに対して問い直すようにして語られた問題提起の著作…

ジャン・ラクロワ『カント哲学』(原著 1966 木田元+渡辺昭造訳 白水社 文庫クセジュ 2001)

1971年から2001年の三十年間で22刷りされている本書はカント入門書のなかでも名著の部類に入るのであろう。新書版150ページに三大批判書と遺稿、『単なる理性の限界内における宗教』『プロレゴーメナ』『道徳形而上学言論』など主要著作を幅広…

ジャン・ラコスト『芸術哲学入門』(原著 1981, 1987 阿部成樹訳 白水社 文庫クセジュ 2002)

プラトン、カント、ヘーゲル、ニーチェ、ハイデガー、メルロ=ポンティの芸術哲学の本流ともいえる流れを基本に、アラン、ショーペンハウアー、ボードレール、ヴァレリー、バシュラールなどの彩り豊かな芸術論者を配する、西欧芸術論を概観するのに優れた軽…

ハンス・フィッシャー『メルヘンビルダー フィッシャーが描いたグリムの昔話』(佐々梨代子+野村泫訳 こぐま社 2013)

バウハウスで教鞭をとっていたパウル・クレーであるが、弟子を探そうとするとハンス・フィッシャーくらいしか出てこない。 画家というよりも絵本作家で、クレーの作品や教えからどのような影響があるのか、グリムの童話一作を一枚の絵の中に描く手法(一枚絵…

コンラート・ローレンツ『文明化した人間の八つの大罪』(原著 1973, 日高敏隆+大羽更明訳 思索社 1973)

私が生まれた1971年の世界の人口は37憶、今年2023年は80憶を超えているという。50年で倍増、40億人増加している。西暦1000年時点では2億人くらいだそうだから、世界の様相が変わっていかないほうがおかしい。人口過剰と言われつつ世界…

『マチネ・ポエティク詩集』(水声社 2014)

マチネ・ポエティクとは、太平洋戦争中の1942年に、日本語による定型押韻詩を試みるためにはじまった文学運動。詩の実作者としては福永武彦、加藤周一、原條あき子、中西哲吉、白井健三郎、枝野和夫、中村真一郎が名を連ねている。後に散文の各分野にお…

エズラ・パウンド『消えた微光』(原著 1908, 1965 小野正和+岩原康夫訳 書肆山田 1987)

仮面をつけると仮面の人格が憑依する。そのような憑依体質をもった人が詩人たるには相応しいのであろう。 なにものかになりかわって歌う。なにものかをよびよせて歌う。わたしとなにものかが二重写しとなってことばを発する。エズラ・パウンドの処女詩集『消…

イアン・ターピン『エルンスト 新装版 <アート・ライブラリー>シリーズ』(原著 1993, 新関公子訳 西村書店 2012)A4変型判 297mm×232mm

カラー図版48点、モノクローム挿図33点。1作品ごとに解説を見開きで配してあるために、参照していると考えられる先行作品との関連や、採用されているエルンストが開発した多様な表現技法の数々についての焦点化が非常にわかりやすい。 河出書房新社刊行…

サラーヌ・アレクサンドリアン『マックス・エルンスト 増補新版(シュルレアリスムと画家叢書5 骰子の7の目)』(原著 1971, 大岡信訳 河出書房新社 1973, 2006 )

シリーズものにはかなり当たりはずれがあって、本シリーズ、河出書房新社の「骰子の7の目 シュルレアリスムと画家叢書 全6巻」はかなりの当たり。画家の全画業をまんべんなくピックアップしながら、図版として選択されている作品は代表作と注目作両方に目…

小出由紀子編著『ヘンリー・ダーガー 非現実を生きる』(平凡社 コロナ・ブックス)

貧困と自閉的な精神的障害のなかで生前誰にも見せることなく孤独に創造の世界に過ごしたヘンリー・ダーガー。死後にダーガーの部屋に残されていた原稿と画集を大家であるネイサン・ラーナーが見つけ、芸術的価値を感じて長年保存、美術関係者や研究者への普…

マックス・エルンスト『慈善週間 または七大元素』(原著 1934, 巖谷國士訳 河出文庫 1997, 河出書房新社 1977)

『百頭女』『カルメル修道会に入ろうとしたある少女の夢』に次ぐコラージュ・ロマン三部作の最終巻。小説と銘打ちながら、章ごとの冒頭にエピグラフとして引かれる他者の文章以外には、エルンストがつけた章題のほかに文章が全くない徹底的で斬新な一冊。2…

パウル・クレー『教育スケッチブック 新装版バウハウス叢書2 』(原著 1925, 利光功訳 中央公論美術出版社 2019)

ヴァイマール・バウハウスでの1921-22年に行った形態論の授業のエッセンスを編集し刊行した実践的理論書。『造形思考』や『無限の造形』にくらべるとコンパクトで、メモ程度の文章に最低限のスケッチをつけポイントのみを浮かび上がらせた簡潔な手引書の印象…

ロラン・バルト『ラシーヌ論』(原著 1963, 渡辺守章訳 みすず書房 2006)

壮年のロラン・バルトがフランス国立民衆劇場の機関紙的位置を占めていた『民衆劇場』誌でブレヒト派の劇評家として活躍していた時代の作品。理論的背景やバルトならではのエレガンスさはしっかり融合されてはいるが、ジャーナリスティックな論争姿勢が顕著…