読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

思潮社現代詩文庫502『岡井隆歌集』(思潮社 2013)

岡井隆75歳の年に刊行された本歌集は、未刊の最初期歌集『O』から平成20年(2008年)刊行の『ネフスキイ』までの60年31冊の歌集から約1200首を同じ短歌結社『未来』の後継世代の黒瀬珂瀾が選歌した最新アンソロジー。60歳以降の年月にあたる平成期20年分の歌業が半分以上を占めるのが特徴。そのほかでは、思潮社現代詩文庫ではめずらしく本人のエッセイや歌論詩論などの散文作品が収められていないところに編集者の狙いが感じとれる。多くの作品に直に接してみて、そののちに採られなかった作品や新たに詠まれている作品に踏み込んでいっていただきたいという前走者の願いが込められているようだ。
時代時代を代表する傾向の作品をまんべんなく取り上げて、歌壇における岡井隆の独自性を歌自らが示すように配慮構成された本篇のあとに、選者を含めて5人の論者が岡井隆の作品を論じている。吉本隆明、大辻隆弘、斉藤斎藤、小笠原鳥類、黒瀬珂瀾。5人が5人ともに畏れに近いものを感じながら絶賛しているのは壮観である。素人目に本当かなと思うところがあることはあるのだが、本篇で刊行順に並べられていた一首一首が、論者それぞれの論旨に従ってさらに選択され並びかえられてみると、その前後の評言と相俟って、秘められた価値や攻撃性が浮上してくるような印象にもなる。後鳥羽院の歌業とも比較している吉本隆明の絶賛ぶりは、比較対象も含めて微妙な違和感が残るけれども、なんらかの戦略の上に発せられた評言ではないことは文章の佇まいからかなりの程度分かる。岡井隆後鳥羽院の組み合わせは、考えるきっかけとしては刺激的で、異を唱えるきっかけにもなりそうだ。後鳥羽院には塚本邦雄岡井隆には強いていえば後白河法皇を合わせるほうがしっくりいきそうな気がしないでもない。源頼朝に日本一の大天狗と言われたという説もある後白河法皇。長い作歌生活の成果を辿っていくと岡井隆にはどうにも捉えどころのない妖しさがある。特に老年にむかうにつれて直情のように見えるところに最大の作為も込められているような異形でありながらきわめて滑らかな鵺的な形態が色濃くなっているような気がする。軽さと愚かさのなかにある未踏の深淵、生成途上の原初的情景。時代を画した前衛歌人というところの比較的わかりやすいひとつの殻のなかには収めきることのできないその収まりの悪さが、岡井隆の特筆すべき点なのではないかと思わせる。

すりガラス様の濁りに耐へながら後半生を生きむかわれも
様式の水をくぐりて詩は生(あ)るる着流しのわれ胡坐のわれに
自転車をナジャと名づけてあしたまで駅の早霜にうたせて置かむ
人生(ラ・ヴィー)こそまことに無邪気蟇あまた春の街上に出でて轢かるる
なんとなく背を押してくる情報の力のまにま出る一歩二歩

成熟を拒否しているようでいて、未踏の地にいたることのできるまでの卓越した力は、日本の歌の歴史からも現在の短歌のモードからも偏見なく汲み取られているように見える。
※なお俵万智加藤治郎の口語の歌を実質的に用意したのは岡井隆の作品で、その後に若手の作品の検討を経て自身の作品を更に変革していったところがきわめて特異。生成変化の申し子のようなところがある。その点を節操のなさと見て、批判し嫌う人が出てくるのもまた世の勢い。

 

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岡井隆
1928 - 2020
黒瀬珂瀾
1977 -