読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

塚本邦雄『秀吟百趣』(講談社文芸文庫 2014, 毎日新聞社 1978)

塚本邦雄が案内する濃密な近現代の短詩型の世界、短歌と俳句を交互に取り上げ103の作品とその作者を紹介鑑賞している。昭和51年から52年にかけて2年間にわたって週刊の「サンデー毎日」に連載していた原稿がベース。詩歌アンソロジー編纂に長けた博覧強記の塚本邦雄の2年間にわたる検討の結果を一挙にくぐり抜けるとさすがにぐったりする。世に数多ある凡作を排斥しながら秀歌や秀句を立て続けに紹介称揚されると、賛嘆の気持ちが湧くとともに、自分の側の凡人が根をあげてたじろいて一歩退くという残念な結果も望まないのについてくる。はじめて名を聞くような作家もいて、日本の詩歌の世界の裾野の広さと、堆積された作品の膨大さにも思いがいく。
与謝野寛、渡邊水巴、若山牧水、富安風生から高柳重信岡井隆平井照敏、佐々木幸綱まで。取り上げられた作家はすべて戦前までの生まれ。電化もデジタル化もしていない時代のなかで創られた作品は、今となっては古典作品といってもおかしくない風貌をもつ。説明を受けなければ詠われている風俗事物がよく分からないということも結構あって、そのあたりも古典作品を読むときの感覚に近くなっている。

淡雪や妻がゐぬ日の蒸鰈  臼田亞浪
街川のむかうの橋にかがやきて霊柩車いま過ぎて行きたり  佐藤佐太郎

昭和初期の蒸鰈、いまでは見かけない日本独特の宮型霊柩車、実際に自分の眼に映ったことがあるものと、情報としてしか知らないものとでは作品鑑賞の質もまったく異なってくるだろう。そういったところを含めて、塚本邦雄の鑑賞は丁寧に手を差し伸べてくれていながら、ぴしゃりと撥ねつけている。ものを知らない者たちよ、心してかかりなさいと。表記を正字正かなで貫いているところも徹底している。

取り上げられている作家は掲載順で以下の通り

歌人枠:
與謝野寛、若山牧水北原白秋、與謝野晶子、齋藤茂吉、山川登美子、伊藤左千夫吉井勇、木下利玄、土岐哀果、窪田空穂、太田水穂、中村憲吉、古泉千樫、前田夕暮會津八一、釋迢空、岡本かの子、島木赤彦、川田順、若山喜志子、山下陸奥、吉野秀雄、岡麓、土屋文明、前川佐美雄、佐藤佐太郎、坪野哲久、筏井嘉一、常見千香夫、木俣修、柴生田稔、生方たつゑ、五島美代子、鹿兒島壽藏、明石海人、齋藤史、葛原妙子、服部直人、宮柊二大野誠夫、近藤芳美、田谷鋭、寺山修司、春日井健、岡井隆佐佐木幸綱

俳人枠:
渡邊水巴、富安風生、村上鬼城、飯田蛇笏、靑木月斗、原石鼎、高濱虚子、中塚一碧樓、臼田亞浪、夏目漱石、尾崎放哉、前田普羅、河東碧梧桐尾崎紅葉、水原秋櫻子、松根東洋城、松瀬靑々、川端茅舎、杉田久女、荻原井泉水、竹下しづの女、正岡子規寺田寅彦、大谷碧雲居、高野素十、飛鳥田孋無公、長谷川かな女、松本たかし、阿波野靑畝、中村草田男、山口靑邨、野見山朱鳥、鈴木花蓑、高屋窓秋、安住敦、中村汀女、篠原梵、久保田万太郎、横山白虹、佐野まもる、篠田悌二郎、堀内薫、相生垣瓜人、細見綾子、三橋敏雄、飯田龍太金子兜太和田悟朗高柳重信平井照敏

このうち與謝野寛、北原白秋若山牧水、齋藤茂吉、與謝野晶子、高濱虚子については2回取り上げられている。また俳句については自由律の俳人が多いのも特徴的。塚本邦雄の嗜好が表れているところであろう。

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塚本邦雄
1920 - 2005