読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

コレクション日本歌人選019 島内景二『塚本邦雄』(笠間書院 2011)

罌粟枯るるきりぎしのやみ綺語驅つていかなる生を寫さむとせし
夢の沖に鶴立ちまよふ ことばとはいのちをおもひ出づるよすが

塚本邦雄主宰の歌誌「玲瓏」が創刊されたのが1986年(昭和61年、チェルノブイリ原発事故があった年)、邦雄66歳、島内景二31歳。創刊当初からの深い付き合いで、歌人ではなく研究者になることを塚本から諭されたという経歴の日本文学者島内景二による鑑賞付きアンソロジー。歌集未収録の最晩年の作品にも言及されていて、いつの時代であっても華麗なばかりではなかった歌作の実際を、塚本の最も身近な伴走者のひとりが、心を籠めつつ容赦なく語り出した鋭利な一冊。

笠間書院のコレクション日本歌人選の第一回配本で、しかも脚注の版組が、ほかの歌人ほかの配本とは異なり、量的にも内容的にも歌の背景に迫る、鑑賞文の増補的意味合いの強い批評文で占められている。前衛歌人として並び立つ岡井隆は2020年まで存命で、本選集の収録歌人には選ばれなかったのであろうが、シリーズ内では寺山修司とともに現代短歌界にとっての重要作家として特別視されていることがわかる。

戦後の出版社会においてあえて正字正仮名を貫き、且つ、その歌風は幻視世界の創造を良しとするところもあって、いかに秀歌がつづいていても、通りいっぺんの浅い鑑賞では、一種つくりものめいた人工感の後味がどうしても残るのだが、そこに塚本邦雄が貫いた美学の掛け金が惜しみなく注がれていることも島内景二の鑑賞からわかるようになっている。

馬を洗はば馬のたましひ冱ゆるまで人戀はば人あやむるこころ

三島由紀夫も愛したという『感幻楽』の「馬を洗はば」の歌は、同歌集の小唄に取材した独特の姿勢とともに、塚本邦雄の世界観と言語感覚と歌謡などへの音楽的感性が見事にミックスされた代表作であることを強く押し出し、読者に無理せず納得させるような構成になっている。

見開き二ページに一首の鑑賞と背景紹介という難しい作業を、塚本邦雄と島内景二の濃密な関係性そのままに、非常に圧縮された状態で展開し、確かな歌人像を創り上げたことには賛嘆の思いしかない。生前刊行歌集には未収録の、晩年の意識混濁下で創作されたであろう作品への言及を、避けることなく敢行されたことには、余人にはうかがい知れない歌魂の交歓があるのだろうと思った。

shop.kasamashoin.jp

【付箋箇所】
3, 7, 16, 29, 30, 42, 54, 56, 64, 84, 86, 88, 98, 101

目次:
塚本邦雄50首
歌人略伝
年譜
解説「前衛短歌の巨匠塚本邦雄」(島内景二)
読書案内
【付録エッセイ】ドードー鳥は悪の案内人--『塚本邦雄歌集』(寺山修司

塚本邦雄
1920 - 2005
島内景二
1955 - 

※本日ゴダールが逝去されたという。時代がまたひとつ移りかわり、後戻りの余地が無くなった。