読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

針生一郎責任編集『現代世界の美術 アート・ギャラリー 20 デュビュッフェ』(集英社 1986)

既成の価値観と消費形態に囚われない純粋な表現活動としてのアール・ブリュット(生の芸術)を提唱したデュビュッフェであるが、本人の創作活動はアール・ブリュット系の作品に似ているところはあるものの、スタイルの創造に意識的な職業的芸術家のものであった。43歳になるまで表舞台に立つことのないマイナーな作家であり、創作活動から離れてワイン卸商を営んでいた時期もあったが、パリ占領戦時下の絵画マーケットで売れることを期待せずにはじめた創作が、かえって独自な活力に満ちたデュビュッフェにしかできない表現となって開花し、人々に認められるようになった。当初は絵画を売ることも考えていなかったデュビュッフェも、画商と関係を持ちながら作品を販売することに意欲的になってもいった。初期の子供の落書きのようにも見える荒々しい作品は、構図のバランスや色彩感覚や画材の扱いに熱心な研究な跡が感じられる、芸術家ならではの作品である。また、画集ではなかなかとらえきれない部分ではあるが、1メートル四方を超えるような大きなサイズの作品が並んでいるため十分な迫力もある。スタイルはひとつのものを執拗に繰り返す傾向にあるアール・ブリュットの作家たちとは異なり、創作のなかで発見をしながら新たな表現のスタイルを生み出していく。アンフォルメルの前駆形をなすすたいるからコラージュ、アッサンブラージュ、アンプラント(型押し)、オールオーヴァー、そしてウルループと呼ばれるデザイン性の高い絵画様式へと精力的に展開していくところは、ピカソの才能とバイタリティにも負けていないようにも思える。生涯に生み出した作品は1万500点あまり。そのうち59点がカラー図版として本書に収められている。1パーセントにも満たない作品点数でありながら、デュビュッフェの芸術家としての大きさが迫力をもって迫ってくる、素晴らしい画集に仕上がっている。理論家でもあるデュビュッフェの言葉を拾いあげつつ、各時代の作品に的確な解説を施している責任編集者針生一郎の仕事も利いている。ほかに岡田隆彦、永澤峻、山口昌男がそれぞれ熱のこもったエッセイを寄せていて、祝祭感覚を高めてもいる。

芸術作品はおどろきにみち、あなたをひたすら困惑させて、またく予想しなかった領域にみちびく、みたこともない様相をおびるべきだと私は思う。芸術作品がこうした異様さを失うと、効力も完全になくなって、何の役にも立たないからだ。
ジャン・デュビュッフェ

ジャン・デュビュッフェ
1901 - 1985
針生一郎
1925 - 2010