読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

ジャン・デュビュッフェ『文化は人を窒息させる デュビュッフェ式<反文化宣言>』(原著 1968, 杉村昌昭訳 人文書院 2020)

戦後の20世紀を代表するに足るフランスの異端的芸術家による芸術論であり闘争的宣言書。
権威筋による既成の価値観に従順な表現は、有用性を付与されるかわりに、特権的ではあるが支配体制に絡め取られ飼い慣らされてしまっている規格化され抑圧的にはたらく文物に成り下がっていると、デュビュッフェは告発する。

文化プロパガンダのおぞましいところは、いわゆる教養つまり一連の模範的作品についての知識と純然たる精神の活動とを混同していることである。これはすなわち受容的・同化的立場の混同にほかならない。

時あたかも1968年フランスの五月革命に向かう時期。デュビュッフェの反文化反権威の姿勢は時代に受け入れられやすい言説であった。しかし、革命側が一転独占的強権体制に様変わりしてしまうことや、反文化をアジテーションではなくまとまった言論で主張していくには文化を理解しうるある程度教養を持った階層に訴えるかたちをとらなければならないという矛盾に、デュビュッフェは意識的でもあった。
芸術の根源的無用性の有用性を訴えるところの難しさ。他人からは主張と実践のあいだの矛盾を突かれる弱さをさらしながら、敢えて一方的にも見える主張を表明して、現状の再考を促しているデュビュッフェ。反権威の個人主義を訴えながら、やはり、非主流のなかにも存在するすぐれた芸術の成果が広く世間に受け入れられることも望んでいるデュビュッフェ。自身の創作のスタイルの変転と一貫して底に流れる個性的で自由な表現への欲望に共に見られる純真さ。突き詰めれば矛盾のでてくる芸術活動ではあるが、表現の模索においての妥協のなさに疑いはない。
自身の創作にも大きな影響を受けた、おもに精神障がい者の手になる公開を前提としない作品の数々に対する関心とさまざまな紹介活動および支援活動は生涯にわたって止むことはなかった。アール・ブリュット(生の芸術)という概念の提唱者であるデュビュッフェの芸術観は、はじめて自身の作品に自信を持ち他者からも評価されるようになった本格的作家デビューの43歳以来変ってはいない。なにものにも代えがたい表現する意志と創造の喜びを擁護しようとするデュビュッフェの姿勢には、人を芸術の基本あるいは表現の基本に返らせ考え直させる力がある。
何らかの表現を目指す人には刺激になる一冊であると思う。

 

www.jimbunshoin.co.jp

【付箋箇所】
8, 10, 15, 34, 38, 42, 55, 74, 79, 80, 88, 94, 112, 117, 128, 131, 137

目次:

文化は人を窒息させる
[付属資料]無作法の居場所(一九六七年パリ装飾美術館での展覧会カタログの序文)
訳者あとがき

ジャン・デュビュッフェ
1901 - 1985
杉村昌昭
1945 -