読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

アール・ブリュットの作品集二冊

1.
アール・ブリュット・コレクション編 サラ・ロンバルディ+エドワード・M・ゴメス責任編集『日本のアール・ブリュット もうひとつの眼差し』(国書刊行会 2018)

www.kokusho.co.jp


本書は2018年スイスのローザンヌ市のアール・ブリュット・コレクションの展覧会「日本のアール・ブリュット もうひとつの眼差し」の日本語版図録で、戦後日本の24名の作家の作品を収める。生年を見ると、最年長者が1946年生まれ、最年少者が1995年生まれで、おもに障がい者のためのアート活動施設を活動の拠点とする人の作品を集めている。在野の孤立した活動現場にいた人の作品もあるが、アートセラピーの枠内におおよそおさまりそうな、比較的温和で類型化されやすい作品が多い。個々の作家の収録作品点数が限られているため、物質の量的な圧倒感がないところにも、精神的凪の印象が優勢になる傾向にある。そのなかでは、Yシャツに刺繍を施した山崎菜那の作品が、美と醜、装飾と浸食、華美とゴミ、生と死、快と不快、高貴と卑賎など、生理的なものにかかわる境界を揺るがすような造形のインパクトがあって出色。素材の組み合わせの偶然性と無意識と手仕事の技術の確かさと色彩感覚の絶妙な表出が重なり合った稀有な作品なのではないかと思う。ゾンビ映画の首領クラスの人物が纏ってようやく釣り合うような高貴さとおぞましさが同居している作品なのではないかと思う。

ちなみに以下URLで出てくるのが彼女の作品で、下から4段分くらいが本書収録作に類似しているYシャツシリーズ。刺繍が全面を覆ってしまっているものよりもYシャツの生地自体が残っているもののほうが美的攻撃力があると私は思う。

a-yamanami.jp

山崎菜那が所属する「やまなみ工房」の作家紹介一覧ページ

a-yamanami.jp

【本書所収のアール・ブリュットの創作者たち】
戸次公明 Kōmei BEKKI(1952‐)
土井宏之 Hiroyuki DOI(1946‐)
蛇目 HEBIME(1982‐)
井村ももか Momoka IMURA(1995‐)
稲田萌子 Moeko INADA (1985‐)
鎌江一美 Kazumi KAMAE(1966‐)
小林一緒 Itsuo KOBAYASHI(1962‐)
桑原敏郎 Toshirō KUWABARA(1953‐2014)
ミルカ MIRUKA(1992‐)
三浦明菜 Akina MIURA(1988‐)
モンマ(門間勲) MONMA(1951‐)
西村一成 Issei NISHIMURA(1978‐)
西岡弘治 Koji NISHIOKA(1970‐)
野本竜士 Ryuji NOMOTO(1971‐)
岡元俊雄 Toshio OKAMOTO(1978‐)
大倉史子 Fumiko ŌKURA(1984年‐)
柴田鋭一 Eiichi SHIBATA(1970年‐)
ストレンジナイト STRANGE KNIGHT(生年不詳‐2018)
杉浦篤 Atsushi SUGIURA(1970‐)
竹中克佳 Katsuyoshi TAKENAKA(1987‐)
田村拓也 Takuya TAMURA(1992‐)
植野康幸 Yasuyuki UENO(1973‐)
山﨑菜那 Nana YAMAZAKI(1994‐)
横山明子 Akiko YOKOYAMA(1973‐)

 

2.
渡邉芳樹+小林瑞恵『スウェーデンのアールブリュット発掘』(平凡社 2018)

www.heibonsha.co.jp

日本とスウェーデンの外交150周年を記念して日本のアール・ブリュット作品展がスウェーデンで開催されたのを期に、福祉大国でありながら、アール・ブリュットに関しては発信の少なかった北欧スウェーデンの現状を、調査集成した一冊。中心となるのは第三部の作家30人の作品約100点の紹介記事。

精神障がい者に対して強制的な隔離の傾向が強かった19世紀の人びとの作品から、融合的政策の下で作者が自由な態度で私有地に作品を置いたがためにはからずも現代の観光地と化した特異な作家の作品までを収めた一冊。福祉施設系の団体幹部による障がい者擁護融和推進の言説が目立つ構成なので、孤立して報われない貧乏で自己責任ばかりを問われる傾向にあるどこにでもいそうな芸術家予備軍に対しても何らかの援助配分があってもいいのでは、と思わせるところもある。文化振興に公的資金が向けられるときには、立場の違いから、不公平感が生じることは避けられないから、より優遇されているがわからの歩み寄りが必要かと思う。サポート職員としての若手芸術家の起用などなど。芸術はアール・ブリュット界隈でだけ盛んであるわけではないのだから、ひろく掬い上げていけるのであれば、その方がよいだろう。
本書は、どちらかといえば障がい者支援活動を前面に押し出した著作で、個人の創作活動の特異性や個性に焦点を当てるというよりは、標準的なサポート体制のなかで、特徴的な傾向を安定的に示す一群の作家の活動を、一般的にひろく開示するという意図をもった著作である。芸術的な創作の受容層に向けて、新たな表現の方向性が存在することを提示し、障がい者の表現活動により広い道筋をつけることを理念としてもっている人たちによる著作である。
当たり前のことではあるが、障がい者による作品の制作が、鑑賞者に対して、すべて素晴らしい効果を与えるというものではもちろんない。いいと思うものもあれば、なにがいいのかわからないものもある。
本書における各作者についての作品の提示は、創作の自由度をよく示していることが特徴で、作家の芸術的能力よりも、生涯における創作のかかわりに目を向けさせていることが貴重であるように思う。
スウェーデンにおけるアール・ブリュット作品研究の嚆矢ともなる本書において、取り上げられた個々の作家の創作のクオリティはかなり高い。また、北欧の地域性にも関わるところで、室内よりも室外、平面よりも立体、人工よりも自然、洗練よりも世俗の方向に表現が向かっているところにも特徴がある。日常的な感性に対して、さまざまな亀裂を生じさせる感性表現がアール・ブリュットという切り口からコレクションされている感じである。
空間恐怖に文字と図像で立ちむかうベール・ヤルマール・J、木製の人形に繊維や金属製ワイヤーを巻き付けて個体を表現するエイラ・レイノ。コミュニケーションの共通の地盤を前提するのではなく、地盤そのものが変容しているさまを提示して、参加の意志を問うているような表現には、立ち止まって考えさせるような力がある。加えて、エイラ・レイノの木製人形に妖しい生命力を与えている頭髪や着衣をかたちづくる繊維の扱いには、生きる根幹にかかわるようなこだわりが込められているように思う。

表現は、現時点の思いを自由に表現できたうえで、満足し、充足し、未来に向けてあらたに展望が持てるというところが、その理想とするところであるだろう。障がいを持つ表現者にとって、アール・ブリュットという概念のもとでのさまざまな活動が、よりよい方向に導くひとつの道となっている。障がいを持つ表現者の表現領域の充実はまことに喜ばしいことではあるが、障がい者サポートという枠を越えて、市井の芸術表現志向者にも行政的な優しさが届いたらよりいいかなという思いを持たせるような内容でもあった。

【本書所収の内容】
第1章 アール・ブリュットが問いかけるもの
第2章 スウェーデンアール・ブリュット発掘
第3章 スウェーデンの作家と作品紹介
第4章 現地を訪れ語り合う
補償 胎動するアール・ブリュット地域創造