読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

垣内景子『朱子学入門』(ミネルヴァ書房 2015)

朱子学は中国南宋朱熹が大成した新しい儒学中島隆博の『中国哲学史』(中公新書 2022年)の朱子学の説明では、「身体的、物質的な気と、天の理を共有する性から、あらゆるものが説明できる」とあって、一般的な「理気二元論」が尊重されながら概括されているのに対し、本書は「理気二元論」を紹介しながらも世界観を説く場合には「気」の一元論寄りの論述を展開しているところが印象的な書物。一般読者に向けた入門書で、ざっくばらんな語り口を選択しているところも親しみやすく、読みすすめやすい。中心概念の相関関係を図で表したり、切り口を少しずつ変えながら基本的思想をくりかえし取り上げているところも、理解を助け、記憶に残りやすく、著述家としての著者の良心が感じられる。
以下は「理気二元論」に沿って朱熹の核心を平明に説いた部分で、「気」や「理」の厳密な定義を知らなくても、朱熹がどのように考え、何を目指したかを簡潔に伝えてくれている。

朱熹の思想の真骨頂は、すべてを二項対立で捉え、その間のバランスを絶妙に保ち続けたところにあった。たとえば、「理」と「気」は、それぞれ「あるべき」理想と「あるがまま」の現実とに還元できるが、「理」のない「気」はなく、「気」のない「理」もないように、両者は決して一元化されることはない。すでに述べたとおり、「あるべき」理想と「あるがまま」の現実とを同時に見据えたところにこそ朱熹の最も大切にした「心」は見出されるのであり、両者の緊張関係をバランス良く保ち続ける営みが「工夫」なのであった。
(第七章 ああ言えば、こう言う 「朱熹のバランス感覚」より)

中国の思想から生まれた概念をそのまま導入して日常言語として使っているのがわれわれ日本人であるので、厳密に説明できなくてもなんとなく分かってしまう。それにはおおもとの思想家の思想を理解するにあたっては良い面と悪い面双方あるに違いないが、本書はなんとなく分かるからはじめて、より正確で深い理解に導いていくように作者が心を砕いているところが多く、生産的で好感が持てる。中国本土だけでなく日本にも大きな影響を与えてきた朱子学について比較的軽い気持ちで学びはじめることができるさっぱりした良書。朱熹自身と朱子学の徒との差異や、後代の陽明学との差異についても理解が深まる。

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【目次】
はじめに──私たちは自由にものを考えているか?
第一章 仏教なんてぶっとばせ──朱子学の位置
第二章 気のせいって何のせい?──朱子学の世界観
第三章 理屈っぽいのが玉に瑕──朱子学の世界認識
第四章 たかが心、されど心──朱子学の最優先課題
第五章 まずは形から──朱子学の方法・その一「居敬」
第六章 世界は一枚のジグソーパズル──朱子学の方法・その二「格物窮理」
第七章 ああ言えば、こう言う──朱熹朱子学
第八章 心の外には何もない──朱子学陽明学
第九章 朱子学を学ぶと人柄が悪くなる?──日本の朱子学
第十章 朱子は君子か?──朱熹の人物像
おわりに──世界の辺境で朱子学を問う
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索引


【付箋箇所】
11, 13, 19, 21, 28, 36, 45, 52, 65, 105, 117, 124, 126, 130, 180, 185, 196, 206

朱熹
1130 -1200
垣内景子
1963 -