読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

パウル・クレー『無限の造形』(ユルグ・シュピラー編 原著 1970, 南原実訳 新潮社 1981 )

『造形思考』に並ぶパウル・クレーの理論的著作。バウハウスにおけるクレーの講義録やメモをまとめ、関連する作品の図版をあわせて著作化したもの。構成は『造形思考』よりも荒く、断片性が強いのだが、情報量も、創作や観賞に関する示唆も、本作のほうが多いような気がする。さらに『造形思考』はちくま学芸文庫で読んだのに比較して、本書『無限の造形』は新潮社の単行本で読んでいるため、上質とサイズの違いからか、収録されている図版の解像度が高く、クレー自身の案内付きの画集を鑑賞しているような気分にもなれる。上下セットで税抜き本体価格18000円と高価な設定になっているだけのことはある。

図版はカラーのものも含まれてはいるが、多くはモノクロームで、色彩の画家といわれるクレーの別の側面である線と明暗(コントラスト)について多くのことを効果的に訴えてくるように、本文とともにうまく配置されている。

カラー図版では集中して追うことが少なくなりがちな描線を、モノクロームがつづく図版では、しっかり端から端まで、縦に横にと、クレーが描いたであろう勢いと慎重さを再現するように思い浮かべながらたどるという体験が多く生じた。

生徒までにはいかないが、クレーからなにかしら教えを受けているような気分にもなれる鑑賞体験だ。

理論的側面で特に印象的だったことは二つ。

ひとつはこれ:
フォルムよりもフォルムング、静止より運動、完成したものよりも創り出す過程こそ重要であるということ。作品に運動や運動の痕跡が感じられないものは死んでいる。結果だけがあって基礎づけも生成もないものは硬直した作品である、ということ

もうひとつはこれ:
単一なものは生命をもたない無である。白と黒、明と暗、この両極の戦い、相剋が生命やエネルギーを生む。白地には黒で描き、黒地には白で描くことで作品が創造される。

講義で語られたであろう20世紀絵画に関する最高の言葉が、クレー自身の驚異的なサンプルとともに届けられる。現実に存在した貴重な時空間、クレーが主宰する別世界を垣間見られる貴重な書物。

【目次】

(上巻)
はじめに
宇宙 地球の緊張関係をあらわす無限という概念
1921-1924年の講義スケジュール
原理的・特殊的秩序
 静止状態、ならびに運動する造形手段の行動様式
構成的構図様式
自然研究と構成的構図論
デッザウ・バウハウスにおける時間割 1928/29
造形以前の基礎論
基礎論の構成
回顧
フォルム論、造形論の概要
『無限の造形』の編集方針について
レイアウトについて
構成的、幾何学的素描
出典
共時的配列
<原理的秩序>の内容的構成と日付け
一つのテーマが青年時代から晩年にかけて変化・発展する過程を、木というテーマを例にとって示す
原理的な秩序
地上の世界における運動は、エネルギーを必要とする線と面、そしてその文節エネルギー
フォルム形成の第一次エネルギー、フォルムを造り、フォルムを分節する第一次エネルギー
 線的エネルギーと平面フォルム
 部分と全体
力の中心。潜在的なエネルギーとしての点に加わる刺激
 フォルムングと文節の意志
 フォルム形成の基盤である内的必然性
 構造的‐文節的性格
果実の横断面と縦断面
構造的リズム論、ならびに高次の文節、線的、面的、空間的にフォルムを規定する活動性
 物質の適合性と運動能力
 原因的なものを問う
 フォルムではなくてフォルムング
 理念的な根源性
構造的性格から高次のプロポーション
 変化する構造的性格をもつ高次のプロポーション
 対照運動
 高次の文節のフォルムング、線的、面的
 有限にして時間的なプロセスとしての円環運動
 文節性格の相対性
 造形例‐血液循環
 複合的手段によって複合された事象
自然研究の道と構造的構図の道
 フォルムを形成する自然エネルギー
 自然界の事物の内的探求
 自然のままの生長と級数的な層への推移
 生成的に層を積み重ねる
 時間的に生長しながら
 中心からの放射を受ける生長
 一次元的、二次元的二乗運動
 植物生長の横断面、縦断面の統合
 大きさ、重さ、その運動
 道、本質、現象
 造形と現象との統合
道、本質、現象
 推進力(アクテイヴな線)
 内的なもの-外的なもの

(下巻)
個相互、また個と全体とのプロポーション
 その原因と結果
 プロポーションの表現 能動的、中間的、受動的
 運動への意思と手段
 運動プロポーションの機能
 本質から形成される有機体:人間のからだ
 個のプロポーションの、生命溢れる造形
文節的、非文節的構造的性格
 大きさと重さの描写
 文節不可能な各文節が物理的に相関しあう、想像的関係
 構造と無構造性
 分割的-非分割的統合
 <自分自身のからだ>にみられる構造
構造シンボルと文節性格、線的と面的
 統合的にもっとも単純な配列:チェス盤
 最終的なフォルムとして支配するプロポーション
 フォルムの規定とフォルムの実現
チェス盤構造
ヴァリエーションのモチーフとしての蜜蜂の巣
線的、面的、空間的形象物
 私たちのなかの予備運動、
 作品へと活動する製作運動
 フォルムングとフォルムとの関係
 道は目的にまさる
 生成、成、本質としてのフォルム
 創造的なものについての基礎理論
 道と作品との同一性
 プロポーションの理論
 さまざまなレベルにおける文節的観察方法
黄金分割の構造
構造と個という矛盾
 根源的な力に対する共鳴関係
黄金分割の構造
 原理的な級数と黄金分割
 黄金分割:絶対的・相対的な均斉
 黄金分割:円
造形手段:線、明暗、色彩
 純粋な抽象としての線
 明から暗にかけての部分領域
 相対立する能動態としての黒と白
 攻撃的、防衛的エネルギー
 平衡の下地としての灰色
 明暗のスカラ
 黒と白、両極間の運動
明暗のスカラ
オリエンテーション、復習
黒白の手段と明暗のスカラ
  1 混合方式
  2 上から下へ黒を合計(黒の級数
 絶対的・相対的差異。滅法と除法の道
 黒の相対的増加と白の相対的増加
 混沌(無秩序)、自然的・人工的秩序
 緊張の配分と、白から黒へと自然になめらかにむかう運動
 精巧な秩序のある運動スカラ
 明暗手段の構造的秩序
 合成単位と高次の文節
 構造的文節と個体的文節との結合
 スカラ構造‐運動する無構造性
 明暗の分野における生命力溢れる確執
 明暗行為の大小スパン

問題
 二次元的運動と重心の移動
 稀薄化と濃縮
 規則的な立体形の第一の断面の明暗描写
 同心円における、より多いと、より少ない

付録

作品目録

【付箋箇所】
36, 54, 69, 113, 136, 139, 157, 169, 231, 289, 308, 320, 352, 368, 379, 398, 403, 413, 416, 491, 524

 

パウル・クレー
1879 - 1940
南原実
1930 - 2013