読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

マーカス・デュ・ソートイ『レンブラントの身震い』(原著 The Creativity Code 2019, 訳:冨永星 新潮クレスト・ブックス 2020 )

数学という領域における人間の創造性に感動して数学者となった著者が、人間の能力を超えはじめたAIの現在までと近未来における創造性についてかなり学問的にレポートしたという著作。

プログラマーの意図のうちにありながら出力されたものに対する考察が及ばない領域を提示するようになったコンピュータ(計算機)とともに進展している現在の世界。人間の利便性を促進しながら人間性の価値下落をももたらしていそうなAIの性能向上について、価値の創造という観点を第一に置きながら、価値の受容という第二の観点をより広く考察している印象が残った。

2024年現在、チェス・囲碁・将棋などの二人対戦型ボードゲームは、すでに創造性の点においてもAIに完敗している。勝敗のつき難い音楽の領域でも過去データからの編集能力においては人間を超えるものが(多くのゴミを廃棄する手間はなくなってはいないが)産まれはじめている。

人間を超える能力を機械が持つように望んだのは人間である。その人間の望みの延長上に機械は発展をつづけ、人間の活動を代替し、さらには人間の活動を新たに規定するようにもなってきたわけだが、それは必ずしも人間を排除し疎外するようにはたらきつづけたというわけではない。

日本の将棋に限っていえば、AIの導入によって形勢の数値化と一手ごとの複数候補手の有効性順明示から観戦方法が庶民化され、享受者の裾野が広がるとともに、脱神秘化しながらも奥深さをより深めるという、ブームともいえる活性化をもたらしている。

俳句や短歌などの言語表現の領域では、まだ多産を誇るだけで、選句選歌や指導改作ができるほどまでの感性もしくは計算力を創出するには至っていないが、将来的にはその可能性はゼロではないと思わせるところまでには来ているようだ。

現時点で著者が機械と人間とのあいだに置いている差異、物語創造性、新しい枠組みと価値の創造性も、既存の価値の破壊と再生という方向性から考えれば、絶対に乗り越えがたいものであると言ってばかりもいられないもののように思えるし、ソートイ自身もAIの進化の可能性を全面的に否定しているわけでもない。

AIが人間のような価値創造や表現欲求といった意識に相当するものを持ちはじめたときには、必ずAI自らが自分を表現しようとするだろう。そして機械が自ら表現しはじめたとき、それは機械が何を考えているかを読解するチャンスであると本作者は示唆し、未来を開かれたかたちで受け入れるようにして本書は閉じられる。楽観的でも悲観的でもない、誠実なオープンエンドの書物。

※邦題はAIによるレンブラントの新作肖像画作成プロジェクトについての論述内から取られたものであるが、AIレンブラントの新作についての評価は一般的な鑑賞者感覚と同様に冷淡(※集団肖像画のうちの一人物を無理に切り取ったようで作品としての必然性がなく生気や迫力といったものが感じられない)

www.shinchosha.co.jp

【目次】
第一 章 ラブレイス・テスト
第二 章 創造性を作り出す
第三 章 位置についてレディー、用意ステディー、碁ゴー!
第四 章 現代生活の秘密、それはアルゴリズム
第五 章 トップダウンからボトムアップ
第六 章 アルゴリズムの進化
第七 章 数で描く
第八 章 巨匠に学ぶ
第九 章 数学の技量アート
第十 章 数学者の望遠鏡
第十一章 音楽は、数学を奏でる過程である
第十二章 曲作りの公式
第十三章 ディープ・マセマティクス
第十四章 言葉のゲーム
第十五章 AIにお話を語らせよう
第十六章 精神の邂逅、わたしたちはなぜ創造するのか
謝辞
訳者あとがき
図版について
さらに知りたい方のために
索引

【付箋箇所】
12, 15, 20,  21, 23, 26, 49, 56, 60, 61, 78, 83, 86, 91, 93, 99, 102, 104, 110, 112, 115, 118, 122, 125, 128, 132, 133, 135, 145, 146, 149, 152, 154, 161, 164, 165, 166, 172, 175, 176, 178, 180, 190, 191, 194, 202, 204, 207, 219, 224, 265, 278, 304, 320, 325, 334, 338, 349, 355, 358, 359, 362, 364, 365, 369, 371

マーカス・デュ・ソートイ
1965 - 

ja.wikipedia.org

冨永星
1955 - 

ja.wikipedia.org