存在を明瞭につかみきれない心が動きはじめるようなそれぞれ一人一人の基底の層を、その時々の決断をもって、損なわずに上手いこと表現できているなと感じるとき、出会いを用意してくれた絵や詩に心は動かされ、共鳴しはじめる。
本書は人間の根源的ではあるが不明瞭で不可知の領域に、創作者の絵画と詩の表現の組み合わせから近づいてみようとした美術展の公式図録で、鑑賞者の立場からは創作作品への共感の起き方についてすこし意識化できるよう方向づけられた企画本であるように感じた。
西洋文化を吸収しながら、それぞれの出自や感性に適合した表現を求めようとしてきた明治から現代までの64人の作家の活動を切り取って、基本的に制作年代順に並べている。
表現としては、絵画た版画のほうに嗜好や技術の差異がより明瞭に感じ取れ、作品世界の独立性も強いことを確認するのだが、そのような傾向のなか、言葉だけで構築されている世界で絵画表現を超えているものが時にあらわれてくるときの感銘には強いものがある。本書でわかりやすいのは、宮沢賢治の『春と修羅』の詩二篇と、春日井健の短歌一首。詩の表現形式と表現内容を刷新しつつ、亜流の追随を許さないような緊張と清新さが宿っている。
火祭りの輪を抜けきたる青年は霊を吐きしか死顔をもてり
ジャン・ジュネによって書かれた作品世界から感化されて現代日本の短歌作品のなかに生み落とされた春日井健の一篇の詩は、永遠の相を帯びて読む者を惹きつけずにはおかない。共有された文字記号による瞬間的ではあるが真実をとらえた無二の世界表現。わずか31音の一首でもって表現者の揺るぎない個性が表現されていることを感じ取ることができる。
同一作家の絵画作品と並置されることで作家の資質が文字表現寄りなのか絵画表現寄りなのかはっきりとわかってしまうのはほかの作家にも言えることで、例えば香月泰男や草間彌生、長谷川潾二郎などは絵画優位の表現者であることが明らかにわかる。
天に二物も三物も与えられていると思えるようなひとも時にはいるし、本書にも正岡子規はじめ幾人か見受けられはするが、基本的に表現能力の方向性は、個性というか個体性として受肉しているもののように思えたのであった。
【目次】
画家の詩
明治から大正
大正・昭和戦前期
戦後から現代
詩人の絵
明治から大正
昭和戦前期
戦後から現代
対談 窪島誠一郎×酒井忠康
ピュアな心と作品 木本文平
絵と詩 長谷川兄弟による越境の試み 大下智一
シュルレアリスムの詩と絵画 高瀬晴之
根源世界のほとりで 江尻潔