読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

フランソワ・ラブレー原作、谷口江里也作、ギュスターヴ・ドレ画『異説ガルガンチュア物語』(原著 1534, 未知谷 2018)

フランス・ルネサンス期のユマニスムを代表する著作、16世紀前半のラブレーの作品『ガルガンチュワ物語』に、19世紀後半の複製芸術が勃興しはじめた時期、ギュスターヴ・ドレは二回にわたって木口木版画の技法で挿絵を描いていた。一度目は1854年、10代後半から風刺画家として才能を認められ、スター街道を突き進むなかでの当たりの仕事、『ラブレー著作集』。二度目は、1873年、若き日の風刺画的な自身の挿絵に満足できなかったドレが、あらためて挿画を描き直し、ラブレーの著作集を出版した40代のドレ絶頂期の仕事。本書に収められたドレの版画は196点、二回目の、ドレ本人の趣味嗜好により忠実なラブレーの作品解釈・表現で、原作のエロ・グロ・スカトロ色のつよい反権威的傾向からは一線を画す、比較的上品で倫理的な世界を提示している。

またラブレーの原作に忠実かどうかという視点からではなく、現代的な言論空間における有効性に焦点を当てて谷口江里也が編集執筆しているところにも、本書の特徴と狙いがあると想像される。

原作にある図式的な風刺嘲笑よりも、生きることのなかにあらわれる複合的要素を検討する人間的な傾向を加味し、生活者たる人々の日常的な精神性に比重を置いて、より正確に、より同情的に、過剰を排して描いた40代のドレのガルガンチュアの挿画をベースに、ラブレーのユマニスム本質的な部分を現代に再導入しようとしたのが本書の特徴で、古典作品の幻想懐古にさそうというよりも、未来志向的発想にいざなう意志が表明されている。

全体的には、谷口江里也の反戦と言語表現への信頼の表明が強く打ち出された著作といえるであろう。同じ著者の作品のなかではゴヤの第二版画集『戦争の悲惨』につけた解説文のトーンに似ているが、一方はシリアスなゴヤの表現への解説で、一方はラブレーユートピア国と貧困国間の戦争の物語をアレンジしたもので、後者の方が読みものとしてより柔らかく親しみやすい。ドレの挿絵も、画家のほかの作品、たとえば『聖書』や『神曲』、『ドン・キホーテ』に比べて描線が柔らかく、物語の世界に優しく誘っている感じがする。巨人ではあるが赤子のような精神を持った王子ガルガンチュワの成長譚にふさわしいふくよかな表現が全体を彩っている。ラブレーの原作よりもまろやかな風味が際立った、ほんのりやさしい後味の作品。

赤ん坊は戦争なんかしない。
人を殺したりしない。
赤ん坊は人を疑ったりしない。
だけどみんなに喜びを与えられる。

 

www.michitani.com

【付箋箇所】
38, 50, 56, 109, 204, 254, 268, 270, 277, 278, 301, 302, 304

目次:
プロローグ
1 ガルガンチュアの家系
2 ガルガンチュアの誕生
3 ガルガンチュアの命名
4 ガルガンチュアの成長
5 ガルガンチュアの木馬
6 ガルガンチュアの才能
7 ガルガンチュアのお勉強
8 ガルガンチュアの留学
9 ガルガンチュアの遊学
10 楽園王国の危機
11 グラングジェ王の動揺
12 ピクロックル王国の内実
13 ガルガンチュアの帰還
14 巡礼者たちの災難
15 ガルガンチュアと修道士ジャンbr>    2 
16 ガルガンチュアと戦争
17 コロコロックルの話と、その後の戦争
18 ピクロックル王のその後とガルガンチュア
19 ガルガンチュアの国創り
エピローグ
あとがき


フランソワ・ラブレー
1483? - 1553
谷口江里也
1948 - 
ギュスターヴ・ドレ
1832 - 1883

参考

www.iwanami.co.jp

uho360.hatenablog.com