読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

海外の詩

イヴ・ボヌフォワ『ジャコメッティ作品集 ―彫刻・絵画・オブジェ・デッサン・石版画―』(原著 1991, 訳:清水茂 リブロポート 1993 本体37500円)

20世紀のフランスを代表する詩人のひとりイヴ・ボヌフォアの重厚なテクストとともにアルベルト・ジャコメッティの生涯と創作の軌跡をたどることができる充実した作品集。 本書は20年ほど前に池袋西武の三省堂美術洋書コーナーにて9000円くらいで購入…

ジョルジョ・アガンベン『イタリア的カテゴリー ―詩学序説―』(原著 1996, 増補版 2010, みすず書房 2010)

実現はしなかったがイタロ・カルヴィーノとクラウディオ・ルガフィオーリとともにイタリア文化のカテゴリー的な諸構造を探求するための雑誌刊行を企画していたことがベースとなって考えられ書きつづけられたエッセイの集成。 そっか、カルヴィーノとアガンベ…

ベルトルト・ブレヒトの詩の本2冊 ブレヒトコレクション3『家庭用説教集』(原著 1927, 晶文社 1981 訳:野村修, 長谷川四郎)、大久保寛二『ベルトルト ブレヒト 樹木を歌う』(新読書社 1998)

現代文学において詩というと抒情詩を思い浮かべるのが常ではあるが、しばらく前までは物語詩や叙事詩、劇詩のほうが一般的であったといってよいだろう。ホメロス、ウェルギリウス、ダンテ、シェークスピア、ミルトン。日本でいえば平家物語や世阿弥・金春禅…

堀口大學訳『月下の一群』(初版 1925, 岩波文庫 2013)

大正14年9月、10年ほどの間に訳しためていたフランスの最新の詩人たちの詩を集めた大部なアンソロジー。66人339篇にわたる訳業は、まとめるにあたっては、フランスの最新の詩の動向を伝えることはもちろん、日本語における詩の表現の見本となるこ…

『ペーター・フーヘル詩集』(小寺昭次郎訳 積文堂 2011)

旧東ドイツの詩人ペーター・フーヘル(1903-1981)の生前刊行詩集全五冊のうちから代表的な第一詩集『詩集』(1948)と第二詩集『街道 街道』(1963)を全訳刊行したもの。 ペーター・フーヘルは1946~62年までの間国際的な文芸雑誌『意味と形式』の編集者で…

ヴラジーミル・マヤコフスキー『一五〇〇〇〇〇〇〇』(原著 1921, 小笠原豊樹訳 土曜社 マヤコフスキー叢書7 2016)

表題はロシアの総人口数1億5千万からとられたもので、ロシア革命後に書かれた二番目の長篇詩。 アメリカ側をウィルソンとロシア側をイワンとして、20世紀のトロイ戦争として両大国の間の闘争を詠った長篇叙事詩。ロシア側の革命を賛美し、ロシア側の優位…

ルイス・キャロル『シルヴィーとブルーノ』(原著 1889, 柳瀬尚記訳 ちくま文庫 1987)

ルイス・キャロル晩年の長編小説。妖精世界と現実世界の往還記で、語り手が眠気に似た妖氛に包まれると妖精の世界に入り、妖氛が消えると現実世界に戻るという仕組み。現実世界のほうでは語り手の友人アーサーの恋愛譚が軸となって展開しているのでストーリ…

セルゲイ・エセーニン『エセーニン詩集』(内村剛介訳 彌生書房 世界の詩53 1968)

1914年19歳の時から詩作をはじめ、1925年30歳で自ら命を絶つまでの約10年間が詩人の活動期間。本書は初期詩篇として3篇が採られた以外は、1922年以降のアルコール中毒と奇行ともめ事のなかで創られた破滅に向かう自己憐憫と呪いと自己嘲…

編訳:小笠原豊樹+関根弘『マヤコフスキー選集Ⅲ』(飯塚書店 1958)

決して大衆向けとは思えない長編叙事詩や戯曲を持って数多くソヴィエト各地を回り朗読をしていたという30代のマヤコフスキー。映画やラジオも出てきた時期とはいっても、詩人自身の朗読は魅力的であったのだろうが、聴くだけで本当に分かったのだろうかと…

編訳:小笠原豊樹+関根弘『マヤコフスキー選集Ⅱ』(飯塚書店 1964)

第一巻の詩論「いかに詩をつくるか」で取り上げられたエセ―ニン追悼詩篇「セルゲイ・エセーニンに」が収められている。詩論では冒頭の4行が取り上げられるのみで、それが詩篇全体、四行詩であるかのようであったが、実際は変則形式の273行の詩篇で、資質…

アレクサンドル・ブローク『ブローク詩集』(小平武訳 彌生書房 1979)

アレクサンドル・ブロークはロシア・シンボリズムを代表する詩人。理想的美と現実生活における腐敗堕落のはざまを詩とともに生きた自己劇化傾向の強い人物であると思う。本書『ブローク詩集』は三つの部分に分けられた抒情詩と革命下のボルシェヴィキ軍を詠…

I.A.リチャーズ『実践批評 英語教育と文学的判断力の研究』(原著 1929, 坂本公延編訳 みすず書房 2008)

リチャーズがケンブリッジ大学の学生に対し、作者名とタイトルを伏せた13編の詩を配布し、それぞれにレポートを書くことを求めた実験に基づいていて編纂された、詩の鑑賞から見た批評の諸問題に関する研究分析の書。詩への既得反応、先入観、韻律への鈍感…

編訳:小笠原豊樹+関根弘『マヤコフスキー選集Ⅰ』(飯塚書店 1966)

マヤコフスキー(1893-1930)は20世紀初頭のロシア未来派、ロシア・アヴァンギャルドを代表するソ連の詩人。ロシア・フォルマリズムの理論家ローマン・ヤコブソンなどとも交流があり、文学的な存在としては今日の日本においても依然大きいのではないかと考え…

藤富保男訳編『エリック・サティ詩集 増補版』(思潮社 1997)

既成の音楽の概念におさまらないような曲を書き続けたエリック・サティが楽譜に書いていた文章を、日本の詩人藤富保男が拾い集めて翻訳し、行分け詩の形に整えた作品集。音楽同様、いい感じに力を抜けさせてくれる。実生活では貧困とアル中とでたいへんなよ…

エズラ・パウンド『消えた微光』(原著 1908, 1965 小野正和+岩原康夫訳 書肆山田 1987)

仮面をつけると仮面の人格が憑依する。そのような憑依体質をもった人が詩人たるには相応しいのであろう。 なにものかになりかわって歌う。なにものかをよびよせて歌う。わたしとなにものかが二重写しとなってことばを発する。エズラ・パウンドの処女詩集『消…

『シレジウス瞑想詩集』(原著 1657,1675, 訳:植田重雄+加藤智見 岩波文庫 1992 全二冊)

ドイツ・バロック期の神秘主義的宗教詩人アンゲルス・シレジウス(1624-1677)。もともと医学を学んでいたが、オランダのライデン大学で学んでいた時期にヤコブ・ベーメの思想に出会ったことがきっかけで、エックハルトやタウラーなどのドイツ神秘思想に関心を…

ペトラルカ『カンツォニエーレ』(池田廉訳 名古屋大学出版会 1992)

ペトラルカの『カンツォニエーレ 俗事詩片』の全訳、全366歌。選集とは違った味わいがあるので全訳があることは大変貴重。 軽快、快活、ユーモラスな第一部と、愛の対象たるラウラを亡くして後の悲哀と栄光に彩られることの多い第二部との対象も見どころ…

ピエル・パオロ・パゾリーニ『パゾリーニ詩集』(四方田犬彦訳 みすず書房 2011)

訳者である四方田犬彦が畏友中上健次の死で落ち込んでいたときにはじめた仕事。鬱屈と喪失感から逃れるためには、パゾリーニの詩は、よき道連れとなったであろうと思われる。さまざまな闘争のなかで、多くは敗れ、傷つき、孤立し、なんとか回復を期そうと綴…

近藤恒一『ペトラルカ 生涯と文学』(岩波書店 2002)

ペトラルカの父、セル・ペトラッコはダンテと同じく教皇派の白派に属しており、ダンテ同様フィレンツェから追放、財産も没収された受難の人であった。 息子のペトラルカも幼くして生まれ故郷のイタリアを離れ、21歳の時には父を失い、後ろ盾のない苦難の非…

ペトラルカ『凱旋』(池田廉訳 名古屋大学出版会 2004)

ルネサンス期にはラウラへの愛を歌いあげた『カンツォニエーレ 俗事詩片』よりもよく読まれたペトラルカの『凱旋』。ダンテの『神曲』からの影響も感じられる凱旋パレードを模した人物総覧の凱歌。人物名、固有名が列挙される「愛の凱旋」「貞潔の凱旋」「名…

小海永二訳『アンリ・ミショー全集』2(青土社 1986)

アンリ・ミショーの後半生(一九五四~一九八五)の主要な詩集および詩的エッセー集を集めた全集第二巻。以下七冊分を収録している。 閂に向きあって 1954 55歳夢の見方・眼覚め方 1969 70歳様々の瞬間 1973 74歳逃れゆくものに向きあって 1975 76歳角の杭 1…

飯吉光夫編訳 ローベルト・ヴァルザー『ヴァルザーの詩と小品』(みすず書房 2003)

ローベルト・ムージル、フランツ・カフカ、ヴァルター・ベンヤミン、ヘルマン・ヘッセ、またブランショやスーザン・ソンタグなど錚々たる面々から高く評価されているローベルト・ヴァルザー(1878-1956)は、スイス生まれのドイツ語の詩人であり散文作家。本書…

鶴岡善久『アンリ・ミショー 詩と絵画』(沖積舎 1984)

小海永二と同じくアンリ・ミショーの特異な隠者性に魅かれて詩と絵画の世界を探求した詩人鶴岡善久によるアンリ・ミショー論。多くの詩が引かれ、そこにあらわれたイメージについて語られることが多いので、詩と絵画双方を論じていながら、ミショーの絵画の…

アンリ・ミショー『ひとのかたち』(平凡社 2007)

東京国立近代美術館で開かれた回顧展にあわせて出版されたアンリ・ミショーの日本独自の詩画集。画業の全期間をカバーした全59点の絵画・デッサンと、その絵が生まれた情況に寄り添うような詩人自身の言葉からなる一冊は、アンリ・ミショーの詩人と画家の…

並河亮『ウィリアム・ブレイク 芸術と思想』(原書房 1978)

合理主義を超えて世界の真実を説こうとしたブレイク、そして天地創造はあらゆるものを分裂させてそれをFall(降下)させてしまった神の過ちで、それを回復するのは唯一キリストのみと考えるブレイク。影響を受けたスウェーデンボルグやダンテやミルトンにさ…

J・M・G・ル・クレジオ『氷山へ』(原著 1978, 中村隆之訳 水声社 2015)

中南米のインディオとの接触で、ともに衝撃的な言語体験を経て創作活動を行っっていったアンリ・ミショーとル・クレジオ。本書は先行する詩人アンリ・ミショーの二作品に、詩人から大きな影響を受けて作家っとなったル・クレジオが、ミショーの言語実践を変…

才野重雄訳注『ミルトン詩集』(篠崎書林 1976)

『失楽園』以外になかなか翻訳がないミルトンのなかで、前期詩篇と後期の『復楽園』『闘士サムソン』が読める貴重な詩選集。しかも平明な口語調の翻訳で、読みやすく、詩に詠われた各場面が鮮明に印象づけられる。大修館書店から1982年に刊行された新井…

小海永二訳『アンリ・ミショー全集』1(青土社 1987)

いままでアンリ・ミショーとの相性が私はあまりよくなかったのだが、今回はどういうわけかミショーの作品に乗ることができた。 様々なところで良いといわれているミショーの詩作品に全部目を通してみようと思い立って、小海永二個人全訳の『アンリ・ミショー…

梅津濟美訳『ブレイク全著作』2 (名古屋大学出版会 1989)

公の席でイギリス国歌とともに歌われることの多い聖歌「エルサレム」は、ウィリアム・ブレイクの第二預言書『ミルトン』の序詩に曲がつけられたもので、イギリス国民の多くが詩を暗唱し、難なく曲に合わせて歌唱しているものである。大江健三郎の四〇代後半…

有田忠郎『光は灰のように』(書肆山田 2009)

多田智満子とともにサン=ジョン・ペルスの訳者である有田忠郎。いずれも詩人で、いずれも異なる作風であることが、いちばん気にかかる。 ある程度の分量になる場合、書くということは、書き手の本質を浮かび上がらせずにはおかない、ということに気づかせて…