読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

海外の詩

黒百合や朝の牛乳かさね飲む 角川源義

青土社のパウル・ツェラン全詩集全三巻を読み通した後、引越準備もすすめなきゃと思い、読書ノートや学習ノートを整理しているうちに、ふたたび目にとまった一句。牛乳に黒を合わせると世界に緊張がはしる。日本でも、フランスやドイツでも。

四月は残酷な月 トマス・スターンズ・エリオット『荒地 THE WASTE LAND』( 1922 )冒頭四行を吉田健一訳で (ラフマニノフのピアノ組曲第一番「幻想的絵画」を流しながら)

四月に入ってからの引越準備で吉田健一の訳詩集『葡萄酒の色』が出てきたので暫し再読。新しい住まいに移動させる必要があるかないかという視点から所有していた本のうちざっくり1000冊くらいは捨てただろうか。覗きなおしながら捨てていたためちょっと…

宇佐美斉訳『ランボー全詩集』(ちくま文庫 1996 ) 陶酔と忍耐

京大名誉教授で仏文学者である宇佐美斉のランボーは、先行する訳者、たとえば小林秀雄や中原中也などと比較すると、だいぶ穏当な表現になっていて、情動に訴えかけるという面ではすこし物足りないところもあるのだが、フランス近代詩の早熟の天才の感性と令…

メイ・サートン『独り居の日記』( 原書 1973 武田尚子訳 みすず書房 1991, 新装版 2016 )勇者をはぐくむ繊細な日常

小説家で詩人のメイ・サートン五十八歳のときの一年間の日記。小説上で自身の同性愛を告白したために大学の職を追われて田舎に引きこもった際の日々が率直に記録されていて、力づよい。生活と精神に芯のある人間の飾らないことばは、ときどき読み返したくな…

『文選 詩篇 (六)』(岩波文庫 2018)人が動けば人ごとに現われる文様

第六巻は最終巻、引き続き雑詩、雑擬と、先行作品を参照した模擬詩を中心に、さまざまな詩形と内容の詩が収録されている。雑擬は文選のなかに摸倣詩によるアンソロジーが組み込まれているような感じ。 江淹(444-505) 阮步兵 詠懷 籍 靑鳥海上遊鸒斯蒿下飛…

『文選 詩篇 (五)』(岩波文庫 2018)書類に沈む人生と詩

第五巻は楽府、挽歌、雑歌、雑詩を収録。雑歌、雑詩に於いて詩に詠われるもののバリエーションが増え、具体的な日常の様子が詠いこまれるものも現われる。1800年前の事務職従事者の憂いと詠嘆は、今の時代と何ら変わらない。変わってもよさそうなものだ…

『文選 詩篇 (二)』(岩波文庫 2018)思いきれない吐息の昇華

岩波文庫版「文選」の第二冊は、世の混乱のなかを生きる人間の憂い悲しみと超俗願望が多く歌われている。思うようにいかないなか音楽と詩歌が人の心を慰めている。 詠懐詩十七首 其一 阮籍 夜中不能寐起坐弾鳴琴薄帷鑑明月淸風吹我衿孤鴻號外野朔鳥鳴北林徘…

『文選 詩篇 (一)』(岩波文庫 2018)まつりごとにたずさわるひとたちのうた

文選(もんぜん)。紀元前二世紀から約八百年に及ぶ中国詩文の精華。科挙の詩文制作の規範とされたこの詩文集は、収録作品についても多くは高級官僚の手になるもので、基本的に政治についての言及が内容となっている。かりに今の国政や地方行政に携わる人た…

『世界詩人全集 11 ゲオルゲ/ホーフマンスタール/カロッサ』と『世界詩人全集 17 アポリネール/コクトー/シュペルヴィエル』(新潮社 1968)十九世紀末から二十世紀前半期に活動したドイツとフランスの個性的な詩人たち

二冊ともに図書館の貸し出し期間の二週間で二周半くらいづつ読んだ。個性はそれぞれ異なるが、喚起性の強い詩的言語表現をする詩人たち。この六人から何かしら影響を受けて、言葉が漏れ出てくれればと思いながら読んだのだけれど、人や物に接して行動するこ…

川村二郎、小笠原豊樹 編『世界詩人全集 22 現代詩集Ⅲ ドイツ・ソヴェト』(新潮社 1969)20世紀前半の動乱の中で詠ったギリギリの詩

20世紀のドイツとソヴィエトの詩人のアンソロジー。ドイツは第一次世界大戦とナチスに、ソヴィエトはロシア革命によって人生を翻弄された時代の詩人たちとなる。ドイツの詩が観念的で精神世界が描出されるような傾向があるのに対し、ソヴィエトの詩は大地や…

窪田般彌 編『世界詩人全集 20 現代詩集I フランス』(新潮社 1969)「みんなちがって、みんないい」といっていいかもしれない良質なアンソロジー

20世紀フランス、アンドレ・ブルトンのまわりで活動していた13人の詩人のアンソロジー。読むきっかけはピエール・ルヴェルディの詩を佐々木洋以外のチョイスと訳で読んでみたかったため。選択肢で出てきたのが本書で、窪田般彌編訳のルヴェルディ。佐々…

『ピエール・ルヴェルディ詩集』(佐々木洋 編訳 七月堂 2010, 2020 ) シュルレアリスト達に最も偉大な詩人と評価される「誇りの乾いた黒い傷口」のような詩人の詩

冷えた痛みがゆっくり吹きぬけていくような詩の印象。 なにかしら耐えつつ動かなくてはならないようなときのこころの同伴者としてルヴェルディの詩は適している。べつに助けてくれるということはないのだが、ルヴェルディはルヴェルディで詩のなかでしっかり…

藤田治彦『もっと知りたい ウィリアム・モリスとアーツ&クラフツ』(東京美術 2009) ブルジョア出身で贅沢品作成に才能のある芸術家が取り組んだ社会主義への夢

ウィリアム・モリスは世界を美しくしようとした。美しさへの才能が開花したのは著述の世界と、刺繍や染色、カーペット、カーテン、壁紙、タペストリーなどのテキスタイル芸術。 目指すのは争いも苦痛も失敗も失望も挫折もない、人々の趣味道楽だけでうまく回…

マックス・エルンスト『百頭女』(原書 1929, 巖谷國士訳 1974, 河出文庫 1996)切り貼りから生まれる切断と融合、新世界創造の痛みを伴ったエネルギー

マックス・エルンストのコラージュ・ロマン第一弾『百頭女』。複数の重力場、複数の光源、複数のドレスコード、複数の遠近法、複数の世界が圧縮混在する147葉のコラージュ作品とシュルレアリスム的キャプションから成る出口なしの幻想譚。二作目の『カル…

マックス・エルンスト『カルメル修道会に入ろうとしたある少女の夢』(原書 1930, 巖谷國士訳 1977, 河出文庫 1996)どこか高貴さを感じさせるシュルレアリスム的エログロナンセンスのテキストとイラスト

「たいていの本はうしろから読むのがよい」というのは、カフカを語った時のピアニスト高橋悠治のことば。関心はあるのに、あまり身にはいってこない作品に出会ったときに、たまに私が実践してみる本の読み方。マックス・エルンストのコラージュ・ロマン『カ…

鈴木信太郎訳で読むポール・ヴァレリーの韻文詩(筑摩書房『ヴァレリー全集1 詩集』1967)闇との合一と光との合一とそのあいだでの彷徨

鈴木信太郎訳のヴァレリーの詩は岩波文庫をはじめとしていくつかの形態で読むことが可能である。私が読んだのは岩波文庫、筑摩世界文学大系56と筑摩書房ヴァレリー全集1の3つ。そのなかでは筑摩書房ヴァレリー全集の文字組みがいちばん贅沢で、ヴァレリ…

ゲオルク・ジンメル『ジンメル・エッセイ集』 川村二郎編訳 (平凡社ライブラリー 1999)アドルノやベンヤミンに影響を与えたエッセイのスタイルと切れ味の良い文章

哲学者・社会学者としての論文や講義録にもジンメル節と言っていいようなことばの選択が匂い立つことはままあるのだが、一般読者層に向けて書かれたジンメルの哲学的エッセイは文化や芸術を鮮やかに扱っていて、より一層書き手の個性が際立って、文章自体が…

ポール・ヴァレリーの散文詩(筑摩書房『ヴァレリー全集1 詩集』1967)カイエの思索と韻文詩の間のプロムナードあるいは湧水公園

めずらしいヴァレリーの散文詩。筑摩書房『ヴァレリー全集1』の400~509ページまで14の作品群が収められ、鈴木信太郎のほか、佐藤正彰、松室三郎、清水徹、菅野昭正が訳者として名を連ねている。注釈を参照しながら繰り返し読んでいかないとなかなか作品の…

井澤義雄訳『ヴァレリイ詩集』(彌生書房 世界の詩17 1964)日本の文語調韻文というものを強く意識してなされた訳業

訳詩は訳者によって印象が異なってくるので、関心のある詩人については複数の訳者の訳業を比べてみたくなる。とくに原語で直接味読できない詩人に関しては、そうやって理解の幅と深さを拡張していくほかはない。 ヴァレリーの詩の翻訳と言えば岩波文庫でも読…

ジャック・デリダ『痛み、泉 ― ヴァレリーの源泉』(1971 ヴァレリー生誕百周年記念講演 佐々木明訳 )ヴァレリーとフロイト、ニーチェの親近性

ヴァレリーのカイエの読解からフロイト、ニーチェとの親近性を説く論考。そして自己聴解という点においてヴァレリーとデリダ自身の親近性をも示す論考となっている。 源泉が何ものかとなった――これこそが不可解なことだ――とき、起源のそれ自身に対するこの遅…

岡田温司『天使とは何か キューピッド、キリスト、悪魔』(中公新書 2016)境界域で活動する天使という中間的な存在

神学的な天使の考察ではなく、文化的表象、イメージとしての天使の位置と歴史的変遷をあつかった一冊。 わたしが強調しようとしたのは、天使の表象が、古来より基本的にずっと、キリスト教と異教、正統と異端との境界線を揺るがしてきた、ということである。…

ポール・クローデルの詩作とモーリス・ブランショによる詩人論「クローデルと無限」 安息と創造の賞揚

2020年現在、ポール・クローデルの詩を日本語訳で読むのはなかなか難しい。日本とのかかわりも深い元日本大使の詩人の扱いとしていかがなものかと思いはするが、読者がつかないのだろうから資本主義の世の中では致し方がない。あとはクローデル好きの現…

ポール・クローデル『詩法』(原書1900-1904, 齋藤磯雄訳 1960, 1976 )呼吸としての詩、カトリック詩人の濃密な世界観

共鳴器としての人間。豊かな世界の中で出会うもの触れるものに応じて楽音を響かせる。詩の方法、詩の技術というよりも哲学的散文詩といったものに近い。詩を語りながら人間を語っているようで深い。詩の司祭による最高級の教説。呼吸としての詩。 【時間の認…

ポール・クローデルの戯曲『クリストファ・コロンブスの書物』(原書1927, 鈴木力衛・山本功訳 1976 )新大陸発見をめぐっての発意と失意

カトリックの世界でクリストファ・コロンブスが英雄視されているということもあるなかで作られたコロンブスの多面性を描き上げた劇。クリストファ・コロンブス第一号とクリストファ・コロンブス第二号が出てきたところで前衛劇ぽくなるのかと思ったが、スト…

山内義雄訳『フランス詩選』(白水社 1964, 1995)マルセルの消えぬ記憶と秋の暮

ロジェ・マルタン・デュ・ガールの『チボー家の人々』やアレクサンドル・デュマ・ペールの『モント・クリスト伯』の訳者として名を残している山内義雄のフランス訳詩集。私はポール・クローデルの詩を日本語で読みたいと思い検索していた中で出会った訳詩集…

ポール・クローデルの戯曲『マリヤへのお告げ』(原書1912, 鈴木力衛・山本功訳 1976 )クローデル劇作品の中のひとつのピーク。現代では上演は難しいであろうあやしい果実。

劇的効果に冴えを見せる中世を舞台とした宗教劇。ままならぬ想いに、世界は暗く沈み込むようなすすみゆきを見せるが、苛烈な奇跡と恩寵によって人々の世界は一変する。若い世代の男性二人女性二人の関係性が八年の時間経過の中で鮮やかに描き出される。女性…

ポール・クローデルの戯曲『真昼に分かつ』(原書1906, 鈴木力衛・渡辺守章訳 1960, 1976 )神話的激しさをもつ劇

同時期に起こった作者クローデルの信仰の危機と恋愛の危機を起点として成立した劇作。男性三人女性一人の四角関係、神話的激しさを持ち、刺激は強い。 【脳内上演キャスト】イゼ (ド・シーズの妻): 佐藤江梨子メザ (後にイゼの恋人): 神木隆之介ド・シ…

マルティン・ハイデッガー『思惟の経験より』(原書 1947, 1954 理想社ハイデッガー選集6 辻村公一 訳 1960)パウル・ツェランに贈った詩的テクスト

「アウシュビッツ以後、詩を書くことは野蛮だ」というアドルノの言葉が広まっているにもかかわらず、プリーモ・レーヴィやパウル・ツェランを読んでしまったあとでは、むしろ、「アウシュビッツ以後、詩を書かないですんでいることは野蛮だ」もしくは「詩を…

彌生書房 世界の詩15 『マヤコフスキイ詩集』(小笠原豊樹訳)

20世紀にはロシア革命があり、ソビエト社会主義共和国連邦という国があった。マヤコフスキーは革命の熱の中を生き、燃え尽きてしまった詩人。本書で触れることのできる詩の数々は、今はもう冷え切ってしまった社会改革への期待を高らかに歌っている。時代…

新潮社世界詩人全集12『ディキンソン、フロスト、サンドバーグ 詩集』(新潮社 1968)

ディキンソンの高潔清廉、フロストの荒涼残酷、サンドバーグのいじらしさ。記憶の引っ掛かりとしてのキャッチフレーズをつけるとしたら、今回はこんな感じになるかなと思った。 本書を読んだきっかけは、ロバート・フロストの詩を日本語訳でたくさん読みたい…