ミシェル・テヴォーはジャン・デュビュッフェが1976年にローザンヌに設立したアール・ブリュット・コレクションの初代館長を26年間にわたって務めた人物。ローザンヌ大学を卒業後、フランス社会科学高等学院に学んだ秀才で、本論考にも見られる視野の広さと文章の明晰さが際立った美学者である。地の文に融け込んだ引用の数々はまばゆいばかりのものである。目立ったところでは、ソシュール、レヴィ=ストロース、フロイト、ポンジュ、ラカン、ヴァレリー、メルロ=ポンティ、アルトー、ル・コルビュジエ、ボードリヤール、サルトル、そしてデュビュッフェなど。なかでも二人の詩人、フランシス・ポンジュとポール・ヴァレリーは特別な光を発している。
ポール・ヴァレリー
私の詩の意味はあなたが詩に与える意味である
テヴォーの考えのベースにあるのは、芸術作品の価値や意味は作品に内在しているのではなく、鑑賞者とのあいだに生まれる関係性の束から生じ変容していくという視点で、近代から現代にかけては、価値観を独占しているブルジョワ層から、観客と芸術家自身が解放されることにむかって芸術に参加しているということに力点が置かれている。「記号によって記号から解放され自由になること」。フランシス・ポンジュの詩作から導き出された戦略を、芸術界の動向に照らして浮かび上がらせること。本書の論考が志向しているのは、創作と受容の双方が規範からズレつづけながら新たな領域を創造している様相を示すことであるようだ。
【付箋箇所】
ⅰ 29, 30, 33, 43, 57, 67, 76, 89, 90, 96, 104, 105, 119, 128, 144, 173, 186
目次:
誤解の創造性――日本語版への序文(ミシェル・テヴォー)
第1章 脱幻想
「現実」と「演劇」の境目――演劇は本当に虚構か?
第2章 不治の病者の群れ
「詩人」と「画家」の狂気――意味を欠いた次元へ入ること
第3章 幽霊の存在
「無意識」と「霊感」の関係――聖なるものの表現
第4章 オルタナティブな潮流
「意識」と「無意識」の循環――矛盾と刷新的創造
第5章 ノイズとしてのジャズ
「汚し」と「美化」の歓喜――作為がもたらす美の転覆
第6章 誤解としての芸術
「真実」と「裏切り」のリゾーム――芸術と偶然性
第7章 醜さの発明
「美」と「醜」の反転――悪趣味とイデオロギー
第8章 地球のミュージアム化
「鑑賞者」と「作者」の倒錯――人類は美術館従業員である
訳者あとがき
ミシェル・テヴォー
1936 -
杉村昌昭
1945 -
ジャン・デュビュッフェ
1901 - 1985