読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

カンディンスキー+フランツ・マルク編『青騎士』(初版 1912 ミュンヘン, 白水社 岡田素之+相澤正己訳 新装版 2020)芸術あるいは造形物のフォルムの内的必然性

創刊号だけに終わってしまったが後の世に大きな影響を与えた美術年刊誌『青騎士』の日本語訳復刻本。第一次世界大戦の勃発と主筆の位置にいたカンディンスキーの頑張りすぎが祟って第二巻以降は発行されずにグループとしての青騎士自体も離散消滅してしまったが、カンディンスキー表現主義から抽象絵画に舵を大きく切る転換の時期であり、理論的にも『芸術における精神的なもの』につづいて他の論者とともに芸術精神の内的必然性ということを大きく打ち出したところに、後の芸術家たちに大きなインパクトを与えるものがあった。
絵画ばかりでなく、シェーンベルクほかの新しい音楽家たちの活動を楽譜というかたちで取り込んだり、古代から中世にかけて各地で作成された民族工芸品や図像、宗教的造形物を紹介したりして、アカデミックな芸術観を打ち破ろうとしているダイナミズムを感じとることができる。
読み通してみて印象に残ったのは、画家としては素朴画のアンリ・ルソーのあまり有名ではないいくつかの風景画の哀切さと抽象絵画の先駆者といわれるロベール・ドローネーの目くるめく画面構成のめまいの感覚、それから絶妙にちりばめられたエジプトの影絵芝居の切抜絵の単純化された造形の素晴らしさと愛らしさなど、比較的感動の予想のつかないところのもののほうであった。意外といえば意外なのだが、あとからカンディンスキーの作品をほかの画集で見てみると、とくに後期の幾何学抽象絵画作品などにはエジプト的なものへの嗜好が見てとれて面白く思った。同じく編集の責任者であったフランツ・マルクは第一次世界大戦のなか倒れてしまい『青騎士』以後の創作活動をほとんど見ることができなかったが、カンディンスキー第一次世界大戦後も作品の趣向を大きく変えながら長く『青騎士』に込めた精神を発展させていて、『青騎士』にもっとも影響を受けたのはカンディンスキー自身ではないかという思いも湧いてきた。

 

特定の複合体をいくつもまとめて統合することで生じる魂の洗練――それが芸術の目標である。
したがって、そもそも芸術は不可欠なものであり、有益なのである。
芸術家が正しく見出した手段は、彼の魂の振動にふさわしい物質的な形式であり、かれはその表現を見出すように強いられてきたのだ。
この手段が正しいとき、それは受け手の魂にもほとんど同じ振動を惹き起こす。
それは避けられないことだ。
カンディンスキー「舞台コンポジションについて」p158 )

 

魂がまだ振動できるうちに芸術作品に多く触れてみて、自分の振動というものをよりよく確かめてみたいという思いを新たにさせてくれる、過去からの贈り物のような一冊。

 

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【付箋箇所】
49, 57, 79, 105, 107, 113, 117, 135,140, 141, 149, 158, 212, 

 

ワシリー・カンディンスキー
1866 - 1944
フランツ・マルク
1880-1916
岡田素之
1942 -
相澤正己
1947 -