読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

熊谷守一の画集二冊

1.没後40年展覧会カタログ『熊谷守一 生きるよろこび』2017年 日本経済新聞社 油彩200点、日本画8点、書7点、彫刻3点、スケッチ47点、資料類13点

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2.柳ケ瀬画廊創業100周年記念出版『柳ケ瀬画廊の百年 熊谷芸術と資料』2021年 求龍堂 油彩243点、日本画・オイルパステル画・鉛筆画57点、書37点

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赤くて細い輪郭線と単一の色彩で塗りつぶされる平坦な面の組み合わせで構成される「モリカズ様式」といわれる独特な作風に収斂していくことになるのが1953年、守一73歳(数え74歳)の時で、その後24年間の制作期間があるのだから、熊谷守一といえばこの様式の油彩画を思い浮かべるのが一般的。しかしながら画歴としては1900年に20歳で東京美術学校に入ってから71歳で美術団体から距離を置くようになるまでの模索に模索を重ねる期間のほうが圧倒的に長く、今回手に取った二冊の画集は「モリカズ様式」以前の作品から「モリカズ様式」に到達するまでの歩みを、青年期から壮年期の作品を多く収録することでよりよく検討できるようにしている。また子供が書いたような絵(昭和天皇の評)とも言われる「モリカズ様式」の晩年の絵についても、スケッチによる構図と色彩決定までの綿密な検討を経た後で制作された様子を取り上げ、さらに同一構図で色彩を変えて描き直す絵に対する尽きない探究心も紹介している。20代で官展に入選したころから、光と色彩が変化しながら眼球を通して像を結ぶ現象を科学者的なアプローチで検討して絵を描くという態度は最晩年まで貫徹され、たとえば太陽光による色彩の変化に影響されないため、制作はもっぱら夜間に、光の条件が変わらないように調整されたアトリエの人工の光のもとで行われたということにも言及されている。熊谷守一の残した飄々とした言葉からはなかなか想像することのできない、厳密な理論家的側面にも、研究者たちや画商として作品を取り扱う専門家としての視点から焦点を当ててくれているところが、二書ともに刺激的であった。『柳ケ瀬画廊の百年』は自社で取り扱った作品のみという構成の縛りがあるにもかかわらず、熊谷作品の全活動期間、全活動範囲を網羅して、作家の特徴をよく打ち出しているところにもすっかり感心した。二冊ともに見るだけでも楽しいし、添えられた文章を読んでも刺激的な本であった。

 

熊谷守一
1880 - 1977