読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

新潮日本美術文庫23 『高橋由一』 坂本一道解説 1998 20×13cm

美術の教科書で誰もが見ている「鮭」の作者である高橋由一(1828-1894)は、西郷隆盛と同じ年に生まれた日本で最初の洋画家。海外で同年代に生まれた画家としては、ウィリアム・アドルフ・ブーグロー(1825-1905)、ギュスターヴ・モロー(1826-1898)、アルノルト・ベックリン(1827-1901)、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ(1828-1882)、カミーユピサロ(1830-1903)、エドゥアール・マネ(1832-1883)がいる。

若いうちから洋画を見て感動していた高橋由一だが、実際に洋画の技法を学ぶことが出来るようになったのは遅く、1866年(慶応二年)39歳の時、英字新聞の記者兼挿絵画家として活動していたイギリス人画家チャールズ・ワーグマンに入門、1876年(明治九年)49歳の時、日本に開校した工部美術学校のお雇い外国人教師であったイタリア人画家アントニオ・フォンタネージから教えを受け、その翌年にはもう代表作である「鮭」を制作している。驚くばかりの吸収の速さは持って生まれた資質に加えて武家出身の愚直なまでの熱心さから生まれたものであった。

本書には1866年作成の最初期の自画像から体調を崩す前の1891年の油彩画「日本武尊」までの油彩画27点を掲載解説している。解説は画家で東京芸術大学教授の坂本一道。支持体の材質や下塗りから彩色までの油絵の技法から作品の見事さを解説しているところは予想外に素人にも分かりやすく、作品への興味を深めてくれる。特に「鮭」「鯛(海魚図)」に関しては、部分拡大図版を用いて詳細な分析がなされていて、作品の魅力見どころをしっかりと伝えてくれている。

高橋由一作品はネット上でも多く検索閲覧することができるので、サイト上の画像などと見比べながら本書を読んでみることでより多様な鑑賞が可能になりそうだ。日本の洋画の歴史の開始点にあってかくも完成度の高い作品を創りあげた高橋由一の存在に驚くであろうこと間違いない。

なお、金刀比羅宮高橋由一館所蔵の「墨田堤の雪(墨堤雪)」(1876)に関しては、和歌の世界で雪を花と見立てて歌う常套的表現の正当性を視覚的に表現しているようでかなり驚いたので、その勢いで明治書院の和歌文学大系19『貫之集/躬恒集/友則集/忠岑集』の歌を読み返して確かめてみた。降る雪は桜、積もる雪は梅というのが常道で、高橋由一の「墨田堤の雪(墨堤雪)」は桜の木の枝に積もる雪を描いているので、そのものずばりの歌というのはなかなかないが、以下の貫之の歌などとはかなり親和性をもっている。

草木にも花咲きにけり降る雪や春立つさきに春と成らん

また本書には掲載されていないが東京国立博物館所蔵の「長良川鵜飼図」(1891)にぴったりの歌も貫之にはある

篝火のかげしるければうば玉の夜川の底は水も燃えけり

日本的モチーフを油彩の世界でいち早く表現することのできた高橋由一は、理知的興味に勝っているがために取りようによっては作り物めいた印象を与えもする古今和歌集時代の作品の幻想的迫真性を傍証する力を持った日本の画家でもあった。

 

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高橋由一
1828 - 1894
チャールズ・ワーグマン
1832 - 1891
アントニオ・フォンタネージ
1818 - 1882
坂本一道
1934 -