読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

和歌

【雑記】月食の夜、金春禅竹の「定家」を読み返す

本日旧暦 10/15(神無月十五日)、月齢 14.2、満月(18時)。 今回の部分月食は98%強の部分が月食となるという。月の出以前の16時19分頃からはじまり、食の最大が18:02頃、19時47分に食が終わる。 16:30区の児童への帰宅アナウンス(夕焼けチャイム)を聴いて…

詩人としての堀田善衛 その1『別離と邂逅の歌』(作品執筆時期 1937-1945, 編纂草稿 1947, 集英社刊 2001)

遺稿整理から発見された、第一次戦後派作家というようにも分類される作家、堀田善衛の、主に戦中の20代に書かれた詩作品。死と隣り合わせに生きていた世界戦争の時代における、生々しい精神の記録としても、読み手の心に響いてくる詩作品。 大学時代から、…

上田三四二『西行・実朝・良寛』(角川選書 1979)

『この世 この生 ― 西行・良寛・明恵・道元』に先行すること5年、上田三四二、56歳の時の刊行作品。醇化しまろやかになる前の荒々しく切り込んでいく姿勢が感じられるのは、壮年の心のあり様がでたのであろうか。語りの対象と同じく歌に生きる者の厳しい…

上田三四二『この世 この生 ― 西行・良寛・明恵・道元』(新潮社 1984, 新潮文庫 1996)

世俗を離れて透体にいたるまで純化した人たちの思想と詩想を追う一冊。第36回の読売文学賞(評論・伝記部門)の受賞作であるが、いまは新刊書では手に入らない。 明恵は一個の透体である。彼はあたうかぎり肉体にとおい。もちろん、肉体なくして人間は存在…

馬場あき子『式子内親王』(紀伊国屋書店 1969, ちくま学芸文庫 1992 )「式子内親王集」を読む ③

深く激しい表現の発露のもとにあるものを、ノイローゼという言葉で表現しているところに、本書が書かれた時代の空気感と馬場あき子40代の激しさのようなものがすこし感じられ、ほんのすこしだけたじろいだりもするのだが、多くは式子内親王の歌を読み込み…

竹西寛子「式子内親王」(筑摩書房 日本詩人選14『式子内親王・永福門院』1972, 講談社文芸文庫 2018)「式子内親王集」を読む ②

式子内親王の形而上性、具体性をともなわない観念に傾いた歌にまず魅かれるという竹西寛子の評論。 病がちであったこともあり、人との交流には向かわず、家に引きこもり歌を歌った後白河院第三皇女式子内親王。私歌集と勅撰集に残された400首足らずの歌を…

式子内親王の吐息 「式子内親王集」を読む ① もの思いしつつ、ものをながめているときの、深く長い息づかいに寄り添える歌

日本文芸の表記は漢字かな交じり文であり、使用される文字の種類、漢字の開き具合によって読み手側の印象は異なってくる。 岩波書店古典文学大系80『平安鎌倉私歌集』に収録された「式子内親王集」は、宮内庁書陵部本を底本としたもので、全歌数373首に…

藤原定家撰『新勅撰和歌集』(1235年完成 久曾神昇+樋口芳麻呂校訂 岩波文庫 1961) 病める華々の消えることのない妖しい形姿と芳香

第9番目の勅撰和歌集。武家社会への移行を決定づけた承久の乱の後の世に、後堀河天皇の命を受け、70歳の重鎮たる定家が時代の推移を踏まえながら単撰した撰集。老年を迎えてからの定家の平淡優艶を好む嗜好性を反映した撰集といわれ、そういわれるのも宜…

堀田善衛『定家明月記私抄』(新潮社 1986 ちくま学芸文庫 1996)『定家明月記私抄 続篇』(新潮社 1988 ちくま学芸文庫 1996) 聖なる非現実の世界を写す和歌と俗なる現実の世界を写す日記

作者堀田善衛が読み解くのは、藤原定家(1162-1241)が歌の家を確立し永続させるための秘伝を伝える意図も持って書かれた漢文日記、明月記。公務と荘園経営の記録を軸に、王朝の動向と京の街の情景もしっかりと描き込まれている。時代は平安末期から鎌倉初期…

中島真也『大伴旅人』(2012年 コレクション日本歌人選 041)

大伴旅人(665 -731)は万葉集を読んだときにいちばん好きかもしれないとおもった歌人。本書の付録エッセイを書いた『折々の歌』の大岡信も大伴旅人がいちばん好きらしい。この大伴旅人を父に大伴郎女を叔母に持つのが万葉集編者たる大伴家持であるが、より本…

吉野朋美『後鳥羽院』(2012年 コレクション日本歌人選 028)

世を治める立場にあった天皇・上皇の和歌の歌いぶりは臣下や女官たち地下の者の歌とは構えが異なり「帝王振り」などとも呼ばれる。国を思い民を思う視野の大きさと、なにものにも疎外されない立場からくる鷹揚さと威厳が、歌にもあらわれる。「帝王振り」と…

【笠間書院コレクション日本歌人選より4冊】田中登『紀貫之』、村尾誠一『藤原定家』、小山順子『藤原良経』、平井啓子『式子内親王』

『定家八代抄』を読んでいて特に気になった四名の歌人を比較的新しい研究者による注釈と解説とともに読みすすめてみた。歌人ひとり50首弱の小さなアンソロジーだが、導入書としてはちょうどいい分量と選歌になっているような気がする。笠間書院のサイトで…

樋口芳麻呂・後藤重郎校注『定家八代抄』(岩波文庫 全二冊)と村山修一『人物叢書 藤原定家』(吉川弘文館 1962)

『定家八代抄』は、定家54歳の時、1215年から翌1216年にかけて選歌編纂された『二四代和歌集』の収録歌に、訳と注をつけて文庫化した手頃な王朝秀歌アンソロジー。全1809首。『百人秀歌』(1235)、『百人一首』を生むにいたる前になされた、定家の批…

藤原定家『拾遺愚草』未収録作を読む モノが整いきらない現実の粗雑さも詠いきる歌の世界

藤原定家の私歌集『拾遺愚草』正篇2791首に収まらなかった、定家の詩歌作品1840首を読み継ぐ。 uho360.hatenablog.com 全歌集下巻としてまとめられた本書、自選私家集『拾遺愚草』に収まらなかったところの歌の全体的傾向としての印象は、物質的な抵…

藤原定家『拾遺愚草』を読む 冷えた光と風のある世界

藤原定家の私歌集『拾遺愚草』正篇2791首をちくま文庫の『藤原定家全歌集 上』(2017)ではじめて通読。本文庫が出る前は図書館でもなかなか出会うことが難しかった歌集であったので、ありがたい。久保田淳による注釈、現代語訳ははりとあっさりしている…

金春禅竹(1405-1471)『歌舞髄脳記』ノート 05. 「余説」

神楽・申楽・猿楽と和歌との切り離せない関係性を記憶にとめながら読み通す。 神楽の家風に於いては、歌道を以て道とす。歌又舞なり。此歌舞、又一心なり。形なき舞は歌、詞なき歌は舞なり。(「序」から) 「序」にある歌と舞の関係性の定義から、最初から…

金春禅竹(1405-1471)『歌舞髄脳記』ノート 04. 「第四 雑体」

禅竹の生のことばとともに歌論ベースの能楽論を読みすすめる。引用される歌の匂いだけでも景色がすこし変わりはじめる。 ただ、心深く、姿幽玄にして、詞卑しからざらんを、上果の位とす。故に、古歌幷に詩を少々苦吟して、其心を曲体の骨味とし、風姿の品を…

金春禅竹(1405-1471)『歌舞髄脳記』ノート 03. 「第三 女体」

世阿弥の「九位」における位に次いで「撫民体」のように「~体」で分類されているその元となる体系は、藤原定家の「定家十体」といわれるもの。定家の著作「毎月抄」には出てこない「遠白体」などが含まれているので、藤原定家作に仮託された歌論書という鵜…

金春禅竹(1405-1471)『歌舞髄脳記』ノート 02. 「第二 軍体」( + 世阿弥の「九位」と利用資料について )

妙花風をはじめ『歌舞髄脳記』に現われる「~風」の概念は、世阿弥が『九位』の中で説いた芸の位をあらわすことば。上・ 中・下の三つに分けられ、能にたずさわる者が身につけるための稽古の順は「中初・上中・下後」とすべきとされている。芸道の順位として…

金春禅竹(1405-1471)『歌舞髄脳記』ノート 01.「第一 老体」

金春禅竹という一流の能楽実践者による歌舞論。各曲の姿かたちを、先行する和歌に込められている心と取り合わせるとともにカテゴリー分けして伝えようとしている。『歌舞髄脳記』は、基本的に謡曲一曲につき和歌一首が召喚されることだけが芯にあるシンプル…

高橋睦郎『私自身のための俳句入門』(新潮選書 1992)俳句界に参入するための心得書

日本の文芸の歴史の中で俳句形式がもつ意味合いを探る一冊。書き方講座というよりも読み方講座として重要性を持っている。 私たちがいま俳句とは何かを考えることは、俳句を生んだわが国文芸、とりわけ和歌の長い歴史、和歌の自覚を生んだ海外先進異国文芸と…

小川剛生訳注『正徹物語 現代語訳付き』(角川ソフィア文庫 2011) 正徹は室町時代の塚本邦雄かも

室町中期の禅僧で歌人の正徹の歌論書。本人多作で難解な歌が多く異端視されることもあるらしいが、古今の歌に通暁し、なかでも定家を愛し、歌論にも優れているという存在。途中から室町時代の塚本邦雄みたいなものかと思いつつ読んだ。辛口なところも似てい…

相馬御風『大愚良寛』(1918, 考古堂 渡辺秀英校注 1974)良寛愛あふれる評伝

良寛のはじめての全集が出たのが1918年(大正7年)であるから、まだまとまった資料がない時期に、良寛の史跡を訪ね、ゆかりの地に伝わる逸話を地元の人々から直接聞き取り、良寛の遺墨に出会いながら、人々に愛された良寛の生涯をつづる。明治期から昭和期に…

唐木順三『良寛』(筑摩書房 1971, ちくま文庫 1985)天真爛漫と屈折の同居。漢詩の読み解きを中心に描かれる良寛像

良寛は道元にはじまる曹洞宗の禅僧で、師の十世大忍国仙和尚から印可を受けているので、悟りを開いていることになっているはずなのだが、実際のところ、放浪隠遁の日々を送っているその姿は、パトロンから見ても本人的にも失敗した僧と位置付けるのが正しい…

井上宏生『<ビジュアル選書> 一遍 遊行に生きた漂泊の僧 熊野・鎌倉・京都』(新人物往来社 2010)決定往生の安心を説き与えつづけた遊行の僧

唐木順三が著書『無常』において高く評価していた一遍が気になり、入門書を手に取る。いずれも「捨てる」ことを説いた鎌倉新仏教の開祖のうち、寺を持たず、捨てようとする心も捨てるにいたったという一遍が、捨てるということにおいてはもっとも徹底してい…

唐木順三『無常』(筑摩叢書 1965 ちくま学芸文庫 1998)日本的詩の世界の探究

赤子の世界、無垢なる世界は、美しいが恐ろしい。穢れ曇ったものが触れると、穢れや曇りが際立ってしまう。そして、在家の世界で赤子のままでずっといられる万人向けの方法など探してみても、どうにもなさそうなので、せめて先人の行為の跡に触れようと、と…

本居宣長『石上私淑言』(1763 34歳)「もののあわれ」に「詞の文」をまとわせる

いそのかみのさざめごと。27歳の時の『排蘆小船(あしわけをぶね)』を展開させたもの。内容はほとんど変わらないが引用歌がふんだんで門人たちには学びやすいものになっていただろう。同年五月、尊敬する賀茂真淵と会見し、十二月に入門。古事記伝に舵を切…

本山幸彦『人と思想 47 本居宣長』(清水書院 1978, 2014) 歌論から古道、儒教批判へ

1757年、宣長28歳、京都での遊学を終え松坂に帰ってのちに賀茂真淵『冠辞考』を読んだことが、王朝文学から古事記へと向かい、儒教批判論者としての骨格を固めていった決定的な出来事であった。出会うべくして出会った作品であり師である。真淵の死も…

本居宣長『紫文要領』(1763 34歳)「もののあわれ」で語る源氏物語論

もっぱら平安古典を読みひたり、人の情の本来的姿を観想する。生産性や効用や能率などで評価されないよわく愚かしいこころの動きを愛おしみ伸びやかにさせる。言葉によるこころの浄化と保全の運動、といったら「漢心」っぽくなってしまうだろうか。 すべて人…

本居宣長『排蘆小船』(1756頃 27歳)青年宣長二〇代の挑戦、心の弱さと非合理を肯定する「もののあわれ」論

あしわけをぶね。鬱陶しいまでにさかしらな批評の言葉が生い茂っている歌界の蘆原を私は「もののあわれ」という小船で渡っていきますという宣言の歌論。 歌の道は善悪のぎろんをすてゝ、ものゝあはれと云ふことをしるべし(p55) 人の情のありていは、すべて…