読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

小田部胤久『芸術の条件 近代美学の境界』(東京大学出版会 2006)

「美学」という学問とともに誕生した「芸術」という近代的概念について、主にドイツ近代の美学の歴史の研究から解釈していこうとするのが本書の狙いとするところ。章題ともなっている「所有」「先入見」「国家」「方位」「歴史」という切り口から美学の政治的側面と芸術の定義と展開を論じていっている。


「所有」では、知的所有権と独創性について、ヤング、ロック、フィヒテシュティルナー、シラーなどの論が取り上げられ、

「先入見」では、国民的単位での趣味の問題が、バーク、アディソン、ヒューム、レノルズの論から語られ、

「国家」では、歴史哲学に関わる趣味判断もしくは美的判断が、デカルト、ルソー、カント、シラーの論から統合の問題として扱われ、

「方位」では、東西と南北の方向性からみた芸術精神の起源と展開に関する論考が、ヴィンケルマン、コンディヤック、ルソー、アディソン、ハード、ヘルダー、スタール夫人、シュレーゲル兄弟の各歴史観から確認され、

「歴史」では、歴史のなかでの普遍と特殊へのそれぞれの志向と力の関係が、カント、ヴィンケルマン、シラー、シュレーゲル兄弟、ノヴァーリスの歴史的思考と批評の実践から検討されている。

間奏曲(インテルメッツォ)としてノヴァーリスの神秘的で理想的な政治的汎神論についての論考が挟まれ、エピローグとして20世紀初頭のヴォリンガーのヨーロッパ中心主義的芸術史批判が論考の意義とともに欠陥が語られることで、全体としては未来に開かれたかたちで全体の論考は閉じられている。

 

芸術の問題が国家のあり方にもかかわる趣味判断であり、政治的言説と境を接していることを、本書全体を通して強く意識させる構成となっている。取り上げられる思想家としては、ドイツ・ロマン派とその前時代の面々の存在が大きく、本書を起点として分け入って、美学史の見通しをよくしていく筋道が示された印象がある。専門書ではあるが、一般読者層にとっても実践的な手引書のような造りと面白さを持った書物である。

 

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【目次】
プロローグ 中心の喪失――「新しい神話」あるいは「ゴシック幻想」
第一章 所有――近代的「所有権」思想と「芸術」概念
第二章 先入見――習慣の詩学あるいは趣味の政治学
第三章 国家――美学と政治学をめぐる近代性の行方
インテルメッツォ 中心の遍在――ノヴァーリスあるいは政治的汎神論の美学
第四章 方位――表象としての「東西」「南北」から見た近代的芸術精神の成立
第五章 歴史――普遍と特殊の交叉
エピローグ 中心の批判――ヴォリンガーによる「ヨーロッパ中心主義的」芸術史の批判とその行方

【付箋箇所】
4, 12, 15, 21, 22, 47, 80, 85, 88, 155, 176, 184, 188, 193

小田部胤久
1958 -