52歳で亡くなったレッシングが50歳の時に刊行した戯曲。論争好きで知られていたレッシングが49歳の時、啓蒙主義の立場からルター派の協会の牧師との宗教論争し、その論争から宗教関係著作の出版禁止になったことへの対抗策としてものしたのが本作である。
『賢者ナータン』は寛容とヒューマニズムの参加と呼ばれることの多い古典的名作。シェイクスピアをドイツに根付かせたというレッシングだけあって、作品の完成度が高く、なによりストーリーが面白い。複数の登場人物がそれぞれ主役級の存在感をもって立ち回り思いを述べながら破綻をきたさずスムーズに展開していくところは心地よい。張り巡らされていた伏線がすべて回収され見事ハッピーエンドをむかえて終幕するところは喜劇として見事。ただし、そのハッピーエンドに導く突然の大どんでん返しを、人は本当に受け入れられるのか、幕後にそれぞれの登場人物のアイデンティティが揺らぐときが来るのではないかと余計な勘繰りをしてしまう私がいることも事実。宗教や恋愛や家族の感情や関係性がすべて丸くおさまるなどというのはほとんどありえない、夢物語ではないかと思ってしまうところがある一方で、本作が夢物語の一種である喜劇であるのだから余計なことは考えなくてもいいかという思いもある。イスラムのスルタン(最高権力者)や賢者の娘や志高い若きテンプル騎士が語る言葉にしては幼稚な感じがする言葉遣いを選択している翻訳も、喜劇であってみれば正しいのかもしれないと考えさせられた。
レッシング『賢者ナータン』については、光文社のサイトに載っていた訳者へのインタビュー記事〈あとがきのあとがき〉が大変参考になる。私は本篇を読む前にこちらの記事を読んで、訳者丘沢静也からの学びが大きかったので、本訳書については肯定しながら読みすすめたという経緯がある。訳者解説は文庫のものよりもサイト上のもののほうが優れているように思うが、まあどちらも読んでしまえばいいだから比べてみたところであまり意味はないだろう。
【目次】
賢者ナータン
付録1 指輪の寓話(ボッカッチョ)
付録2 寓話(レッシング)
解説 丘沢静也
年譜
訳者あとがき
【付箋箇所】
17, 18, 30, 36, 51, 83, 92, 107, 245, 280, 286, 293
ゴットホルト・エフライム・レッシング
1729 - 1781
丘沢静也
1947 -