世阿弥の「九位」における位に次いで「撫民体」のように「~体」で分類されているその元となる体系は、藤原定家の「定家十体」といわれるもの。定家の著作「毎月抄」には出てこない「遠白体」などが含まれているので、藤原定家作に仮託された歌論書という鵜鷺系偽書(『愚秘抄』『三五記』『愚見抄』『桐火桶』など)が参照されていると考えられる。能楽に大きな影響を与えたのは、この鵜鷺系偽書と言われている。
第三 女体
これは天女がかり。此姿、皆此心
僧正遍照:天つ風雲の通ひ路吹閉ぢよ乙女の姿しばしとどめむ
佐保山 寵深花風 (作者:金春禅竹?)
匂ひある姿
藤原定家(『拾遺愚草』):後も憂(うし)むかしもつらし桜花うつろふ空の春の山風
箱崎松 浅文風 (作者:世阿弥 復曲:観世清和)
物ほそく、見ざめせぬ姿、竹の体歟
藤原秀能:夕月夜汐満ち来(く)らし難波江の芦(あし)の若葉を越ゆる白波
鵜羽 正花風 (作者:世阿弥)
これは竜女がかり
藤原俊成:立ち返りまたも来てみん松島や雄島の苫屋(とまや)浪に荒らすな
遊屋(熊野) 寵深花風 (作者:世阿弥?・禅竹?)
これよりは常の女がかり。(中略)ことに此風姿、春の明けぼののごとし。
藤原定家(『拾遺愚草』,『『定家卿百番自歌合』):真木の戸は軒端の花のかげなれや床もまくらも春の明ぼの
心底切なるところ、強力体歟
菅原道真:流れ木と立つ白波と焼く塩といづれかからきわたつみの底
松風村雨 寵深花風 (作者:世阿弥)
此心・姿、秋の夕暮れのごとし
不明:もしほくむ海士のとま屋のしるべかはうらみてぞふく秋 のはつかぜ
拉鬼体
碁檀越妻:神風の伊勢の浜荻折り伏せて旅寝やすらむ荒き浜辺に
井筒女 閑花風 (作者:世阿弥)
月の木隠れなる所ある歟
藤原道信:限りあれば今日脱ぎ捨てつ藤衣はてなきものは涙なりけり
江口女 閑華風 (作者:世阿弥?)
沙弥満誓:世の中は何にたとへん朝ぼらけ漕ぎゆく舟の跡の白浪
求塚 広精風 (作者:観阿弥、世阿弥改作)
此姿、濃やかなる体なり
式子内親王:ながめ侘ぬ秋より外(ほか)の宿もがな野にも山にも月や澄むらん
砧女 寵深花風 (作者:世阿弥)
此姿、恋慕に乱るゝ心。
西行法師:人は来で風の気色(けしき)も深(ふけ)ぬるにあはれに雁の音づれて行く
静 閑花風 (作者:世阿弥)
見る様なるかゝりなり
寂蓮法師:村雨の露もまだひぬ槙の葉に 霧立ちのぼる秋の夕暮
山優姥 閑花風 (作者:世阿弥)
此心、至極之体歟。
宜秋門院丹後:山里は世の憂きよりも住み侘びぬことの外なる嶺の嵐に
上東門院中将:このころは木々の梢に紅葉して鹿こそはなけ秋の山里
小野小町 妙華風
古を写す心
慈円:津の国のながらの橋は跡もなし我老の末のかからずもがな
三井寺 正花風 (作者:不詳 世阿弥?)
景極体など云べき歟。
慈円:見せばやな志賀の唐崎(からさき)麓なる長等(ながら)の山の春の気色を
柏崎 広精風 (作者:榎並左衛門五郎 改作:世阿弥)
物哀れなる体。
西行法師:小篠原(をざさはら)風待つ露の消えやらずこのひとふしを思ひ置くかな
花形見(花筐) 浅文風 (作者:世阿弥)
幽玄のかかり
伊勢:思ひ川絶え流るゝ水の泡のうたかた人にあはで消えめや
百万 寵深花風 (作者:世阿弥)
理世体歟
詠み人知らず:山寺の入相(いりあひ)の鐘の声ごとに今日も暮れぬと聞くぞ悲しき
班女 広精風 麗体 (作者:世阿弥)
紀貫之:思ひかね妹がりゆけば冬の夜の河風寒み千鳥鳴くなり
隅田川 浅文風 撫民体 (作者:観世元雅)
寂蓮法師:物思ふ袖より露やならひけむ秋風吹けばたへぬものとは
源通光:浅茅生や袖にくちにし秋の霜わすれぬ夢を吹く嵐かな
檜垣女 妙花風 強力体 (作者:世阿弥)
能因法師:閨の上に片枝さしおほひ外面なる葉広柏に霰降るなり
浮舟 寵深花風 理世体 (作者:横越元久、作曲:世阿弥)
藤原清輔:ながらへばまたこのごろやしのばれむ憂しと見し世ぞ今は恋しき
「第三 女体」はここまで。