読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

金春禅竹(1405-1471)『歌舞髄脳記』ノート 03. 「第三 女体」

世阿弥の「九位」における位に次いで「撫民体」のように「~体」で分類されているその元となる体系は、藤原定家の「定家十体」といわれるもの。定家の著作「毎月抄」には出てこない「遠白体」などが含まれているので、藤原定家作に仮託された歌論書という鵜鷺系偽書(『愚秘抄』『三五記』『愚見抄』『桐火桶』など)が参照されていると考えられる。能楽に大きな影響を与えたのは、この鵜鷺系偽書と言われている。

 

第三 女体     
  これは天女がかり。此姿、皆此心   
 僧正遍照:天つ風雲の通ひ路吹閉ぢよ乙女の姿しばしとどめむ  
     
佐保山 寵深花風  (作者:金春禅竹?)  
  匂ひある姿   
 藤原定家(『拾遺愚草』):後も憂(うし)むかしもつらし桜花うつろふ空の春の山風   
     
箱崎松 浅文風  (作者:世阿弥 復曲:観世清和)  
  物ほそく、見ざめせぬ姿、竹の体歟   
 藤原秀能:夕月夜汐満ち来(く)らし難波江の芦(あし)の若葉を越ゆる白波  
     
鵜羽 正花風  (作者:世阿弥)  
  これは竜女がかり   
 藤原俊成:立ち返りまたも来てみん松島や雄島の苫屋(とまや)浪に荒らすな  
     
遊屋(熊野) 寵深花風  (作者:世阿弥?・禅竹?)  
  これよりは常の女がかり。(中略)ことに此風姿、春の明けぼののごとし。   
 藤原定家(『拾遺愚草』,『『定家卿百番自歌合』):真木の戸は軒端の花のかげなれや床もまくらも春の明ぼの  
  心底切なるところ、強力体歟   
 菅原道真:流れ木と立つ白波と焼く塩といづれかからきわたつみの底  
     
松風村雨 寵深花風  (作者:世阿弥)  
  此心・姿、秋の夕暮れのごとし   
 不明:もしほくむ海士のとま屋のしるべかはうらみてぞふく秋 のはつかぜ  
  拉鬼体   
 碁檀越妻:神風の伊勢の浜荻折り伏せて旅寝やすらむ荒き浜辺に  
     
井筒女 閑花風  (作者:世阿弥)  
  月の木隠れなる所ある歟   
 藤原道信:限りあれば今日脱ぎ捨てつ藤衣はてなきものは涙なりけり  
     
江口女 閑華風  (作者:世阿弥?)  
 沙弥満誓:世の中は何にたとへん朝ぼらけ漕ぎゆく舟の跡の白浪  
     
求塚 広精風  (作者:観阿弥世阿弥改作)  
  此姿、濃やかなる体なり   
 式子内親王:ながめ侘ぬ秋より外(ほか)の宿もがな野にも山にも月や澄むらん  
     
砧女 寵深花風  (作者:世阿弥)  
  此姿、恋慕に乱るゝ心。   
 西行法師:人は来で風の気色(けしき)も深(ふけ)ぬるにあはれに雁の音づれて行く  
     
静 閑花風  (作者:世阿弥)  
  見る様なるかゝりなり   
 寂蓮法師村雨の露もまだひぬ槙の葉に 霧立ちのぼる秋の夕暮  
     
山優姥 閑花風  (作者:世阿弥)  
  此心、至極之体歟。   
 宜秋門院丹後:山里は世の憂きよりも住み侘びぬことの外なる嶺の嵐に  
 上東門院中将:このころは木々の梢に紅葉して鹿こそはなけ秋の山里  
     
小野小町 妙華風    
  古を写す心   
 慈円:津の国のながらの橋は跡もなし我老の末のかからずもがな  
     
三井寺 正花風  (作者:不詳 世阿弥?)  
  景極体など云べき歟。   
 慈円:見せばやな志賀の唐崎(からさき)麓なる長等(ながら)の山の春の気色を  
     
柏崎 広精風  (作者:榎並左衛門五郎 改作:世阿弥)  
  物哀れなる体。   
 西行法師:小篠原(をざさはら)風待つ露の消えやらずこのひとふしを思ひ置くかな  
     
花形見(花筐) 浅文風  (作者:世阿弥)  
  幽玄のかかり   
 伊勢:思ひ川絶え流るゝ水の泡のうたかた人にあはで消えめや  
     
百万 寵深花風  (作者:世阿弥)  
  理世体歟   
 詠み人知らず:山寺の入相(いりあひ)の鐘の声ごとに今日も暮れぬと聞くぞ悲しき  
     
班女 広精風 麗体 (作者:世阿弥)  
 紀貫之:思ひかね妹がりゆけば冬の夜の河風寒み千鳥鳴くなり  
     
隅田川 浅文風 撫民体 (作者:観世元雅)  
 寂蓮法師:物思ふ袖より露やならひけむ秋風吹けばたへぬものとは  
 源通光:浅茅生や袖にくちにし秋の霜わすれぬ夢を吹く嵐かな  
     
檜垣女 妙花風 強力体 (作者:世阿弥)  
 能因法師:閨の上に片枝さしおほひ外面なる葉広柏に霰降るなり  
     
浮舟 寵深花風 理世体 (作者:横越元久、作曲:世阿弥)  
 藤原清輔:ながらへばまたこのごろやしのばれむ憂しと見し世ぞ今は恋しき  
      
「第三 女体」はここまで。

 

金春禅竹世阿弥娘婿)
1405 - 1471
世阿弥
1363 - 1443
観世元雅(世阿弥長男)
1394? - 1432