塚本邦雄の定家撰百人一首嫌いはすさまじく、本書以外にも『新撰 小倉百人一首』があるし、他書でも事あるごとに定家の批評眼について疑問を投げかけずにはいられないようだ。伝統文化として定着してしまった観のある小倉百人一首にそれほど目くじら立てても、状況は大きく変わることはないとは思うものの、塚本邦雄にとっての創作源であり、また新たな古典愛好読者の発掘の契機として、有効に機能していることで、充分意義のある感覚であることに間違いない。本書も講談社文芸文庫になってのち、2021年までの12年間で六刷を数えているのだから、大したものだ。
小倉百人一首 | 王朝百首 |
001, 天智天皇 | |
002, 持統天皇 | |
003, 柿本人麻呂 | |
004, 山邊赤人(山部赤人) | |
005, 猿丸大夫 | |
006, 中納言家持(大伴家持) | |
007, 阿倍仲麿(阿倍仲麻呂) | |
008, 喜撰法師 | |
009, 小野小町 | 023, 小野小町 |
010, 蝉丸 | |
011, 参議篁(小野篁) | |
012, 僧正遍昭 | |
013, 陽成院(陽成天皇) | |
014, 河原左大臣(源融) | |
015, 光孝天皇 | |
016, 中納言行平(在原行平) | |
017, 在原業平朝臣 | 001, 079, 在原業平 |
018, 藤原敏行朝臣 | 050, 藤原敏行 |
019, 伊勢 | 068, 伊勢 |
020, 元良親王 | 077, 元良親王 |
021, 素性法師 | 016, 素性法師 |
022, 文屋康秀 | |
023, 大江千里 | 036, 大江千里 |
024, 菅家(菅原道真) | |
025, 三條右大臣(藤原定方) | |
026, 貞信公(藤原忠平) | |
027, 中納言兼輔(藤原兼輔) | |
028, 源宗于朝臣 | |
029, 凡河内躬恒 | 075, 凡河内躬恆 |
030, 壬生忠岑 | 049, 壬生忠岑 |
031, 坂上是則 | 011, 坂上是則 |
032, 春道列樹 | |
033, 紀友則 | 037, 紀友則 |
034, 藤原興風 | 084, 藤原興風 |
035, 紀貫之 | 014, 032, 紀貫之 |
036, 清原深養父 | 072, 清原深養父 |
037, 文屋朝康 | |
038, 右近 | |
039, 参議等(源等) | |
040, 平兼盛 | 024, 平兼盛 |
041, 壬生忠見 | 047, 壬生忠見 |
042, 清原元輔 | 060, 清原元輔 |
043, 権中納言敦忠(藤原敦忠) | |
044, 中納言朝忠(藤原朝忠) | |
045, 謙徳公(藤原伊尹) | 069, 藤原伊尹 |
046, 曽禰好忠 | 070, 曾根好忠 |
047, 恵慶法師 | 090, 恵慶法師 |
048, 源重之 | |
049, 大中臣能宣朝臣 | 017, 藤原能宣 |
050, 藤原義孝 | 003, 藤原義孝 |
051, 藤原実方朝臣 | |
052, 藤原道信朝臣 | |
053, 右大將道綱母(藤原道綱母) | |
054, 儀同三司母(高階貴子) | |
055, 大納言公任(藤原公任) | |
056, 和泉式部 | 048, 和泉式部 |
057, 紫式部 | 085, 紫式部 |
058, 大貳三位 | 034, 大貳三位 |
059, 赤染衛門 | |
060, 小式部内侍 | |
061, 伊勢大輔 | 054, 伊勢大輔 |
062, 清少納言 | 015, 清少納言 |
063, 左京大夫道雅(藤原道雅) | |
064, 権中納言定頼(藤原定頼) | |
065, 相模 | 027, 相模 |
066, 前大僧正行尊 | |
067, 周防内侍 | 026, 周防内侍 |
068, 三条院(三条天皇) | |
069, 能因法師 | |
070, 良暹法師 | 009, 良暹法師 |
071, 大納言経信(源経信) | 092, 源経信 |
072, 祐子内親王家紀伊 | 025, 祐子内親王家紀伊 |
073, 前権中納言匡房(大江匡房) | 062, 大江匡房 |
074, 源俊頼朝臣 | 058, 源俊頼 |
075, 藤原基俊 | 030, 藤原基俊 |
076, 法性寺入道前関白太政大臣(藤原忠通) | |
077, 崇徳院(崇徳天皇) | 042, 崇徳院 |
078, 源兼昌 | |
079, 左京大夫顕輔(藤原顕輔) | 073, 藤原顕輔 |
080, 待賢門院堀河 | 065, 待賢門院堀河 |
081, 後徳大寺左大臣(徳大寺実定) | 007, 藤原実定 |
082, 道因法師(藤原敦頼) | |
083, 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成) | 040, 藤原俊成 |
084, 藤原清輔朝臣 | 051, 藤原清輔 |
085, 俊恵法師 | |
086, 西行法師 | 080, 西行法師 |
087, 寂蓮法師 | 021, 寂蓮法師 |
088, 皇嘉門院別当 | |
089, 式子内親王 | 002, 035, 式子内親王 |
090, 殷富門院大輔 | 091, 殷富門院大輔 |
091, 後京極摂政前太政大臣(九条良経) | 022, 076, 藤原良経 |
092, 二条院讃岐 | 089, 二條院讃岐 |
093, 鎌倉右大臣(源実朝) | 067, 099, 源実朝 |
094, 参議雅経(飛鳥井雅経) | 100, 藤原雅経 |
095, 前大僧正慈円 | 061, 大僧正慈円 |
096, 入道前太政大臣(西園寺公経) | |
097, 権中納言定家(藤原定家) | 033, 088, 藤原定家 |
098, 従二位家隆(藤原家隆) | 093, 藤原家隆 |
099, 後鳥羽院(後鳥羽天皇) | 005, 後鳥羽院 |
100, 順徳院(順徳天皇) | 074, 順徳院 |
004, 宮内卿 | |
006, 菅原孝標女 | |
008, 中務 | |
010, 小侍従 | |
012, 俊成卿女 | |
013, 源頼政 | |
018, 惟明親王 | |
019, 藤原秀能 | |
020, 源仲綱 | |
028, 健礼門院右京大夫 | |
029, 藤原顕綱 | |
031, 藤原範永 | |
038, 源国信 | |
039, 八條院高倉 | |
041, 馬内侍 | |
043, 藤原忠良 | |
044, 待賢門院安芸 | |
045, 高倉院 | |
046, 源家長 | |
052, 越前 | |
053, 斎宮女御徽子 | |
055, 小大君 | |
056, 藤原良平 | |
057, 源顕仲 | |
059, 宜秋門院丹後 | |
063, 藤原輔親 | |
064, 藤原祐 | |
066, 藤原高遠 | |
071, 鴨長明 | |
078, 源通光 | |
081, 藤原元真 | |
082, 道命法師 | |
083, 肥後 | |
086, 源順 | |
087, 藤原道長 | |
094, 藤原有家 | |
095, 顕昭法師 | |
096, 守覚法親王 | |
097, 藤原良道 | |
098, 後鳥羽院下野 |
王朝百首では万葉歌人は対象外であるから人麻呂、家持が選ばれないのは当然として、傾向的には古今集時代の歌人よりも時代を下った新古今の歌人を選ぶ傾向が強いだろうか。ただいうまでもなく、歌人よりも選歌自体のほうに特徴があるのが塚本邦雄ならではの仕事で、同一歌人でも塚本邦雄が選択する歌は、解説されてはじめてその妖しい輝きに気づかされるというものもかなりある。『珠玉百歌仙』においても鴨長明が選ばれ、本書『王朝百首』にも歌が採られているのは、かなり珍しい光景だ。
あきかぜのいたりいたらぬ袖はあらじただわれからの露のゆふぐれ
字余りであり上句と下句の繋がりも屈折があり万人を納得させるような歌ではないが、そこがかえって凡庸さを超えた独特の映像を喚起すると称揚している。そういわれれば、そういう面もあるのだろうと、ほかの秀句も交えながら、読者にあらためて歌を鑑賞し再考を促しているのが本書のつくりである。ひとりの歌人について10首程度の塚本邦雄推奨歌が掲載されているので、かなり充実したアンソロジーとして繰り返し読むことが可能な一冊。
和歌の美しさを再認識させる本書の効果について自身の体験を交えながら熱く語った橋本治の解説も読ませる。
【付箋箇所】