読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

仲正昌樹『哲学JAM 現代社会をときほぐす』赤版・青版・白版 全三冊(共和国 2021)金沢の地で公開講座をするバランス重視の現代日本の哲学学者の記録(質疑応答付き)

金沢市の書店「石引パブリック」で2019年に開催された全11回の連続講座「仲正昌樹と考える:哲学JAM」を書籍したもの。三分冊で赤、青、白と分けられている。

仲正昌樹+作品社+連合設計社市谷建築事務所から成る入門講義シリーズとはちょっとテイストが変わっていて、事前に指定されたテキストを読んで参加する必要がない、基本的には聴講するだけで完結する公開講座なので、講義するものも聴衆するものも緊張度は低めで推移している。

仲正昌樹自身、自分の考えを押し出そうとするよりも、各講義の対象領域に入ってくる思索家たちの思索そのものをなるべく標準的に紹介解説するにとどめ置くという中立・中庸な立場に立っているので、効率よく様々な思索家のエッセンスを垣間見るには適している代わりに、独自領域の開拓をする際の誰にでもわかる目立った熱量や苦闘といったものは表面化せず、あっさりと思考の果実だけが陳列されているような感触を得ることで終わってしまう危うさがある。とりあえず興味深く読み通した感覚はあるものの、実際に私が読み取ったものは何だったのだろうという、極端に受動的で結果的にあまり意味のない時間の過ごし方に終わってしまう危険性もかなり高い。教え渡されるものの質自体は高いので、そこを散漫に受け止めるだけだと、何も残らないという結果に終わる可能性がかなり高い。

今回の公開講座のなかで、独自の仲正昌樹色が出ていると感じたのは、文学、特に演劇に関わる部分。クライストの新訳と現代日本においての新しい舞台化などに関わる仲正昌樹は、講義や講座の中にいる仲正昌樹とは、かなり雰囲気が異なる。積極的な前衛表現へと繋ぐ演出力、戯曲の言葉を読み解釈する時の感性のきらめき、演技する肉体の動きへの生々しく繊細な感性。こちらの方が仲正昌樹の個性という点では見やすい部分もあり、おおいに活動していただきたい領域ではあるのだが、それとともに哲学学者・哲学教師としての頑固なまでの平凡人、分業上の教師としての領分を踏み外さないという、比較的稀な存在として自身の立場を貫いているところもなかなか味わい深い。変わった人だ。

神への信仰によって物の価値を定めている状態が一番安心ですが、それだと行動範囲が狭くなります。近代人は特定の神や儀礼に対する信仰から離脱し、「信用」を抽象的なものにし、行動の余地を広めていったけれど、他人との繋がりがないと生きてはいけない、貨幣によって最低限の繋がりをその都度確保しようとする。具体的には貨幣による取引のルールを整備し、国家が大枠で市場を管理できるようにする。しかし、自由度を増そうとすると、そのルールを緩め、どんなヴァーチャルな商品をどういう条件で売ってもいいことにせざるを得ない。そうすると、どういうルールに従って商品が生まれ、値段が付けられ、誰がその影響を受けるのかまったく予想がつかないカオスになる。
(第11講「資本主義は終わるのか」[白版] p266-267 )

予想がつかない、分からないという状況のなかで、過去の知見を踏まえてどの程度のことなら確からしいかを吟味し伝える人のひとりとして現代日本には仲正昌樹という人がいる。基本的にどこにも導いてはくれないが、あまり拙速に判断するなということは繰り返し指摘してくれている。まず、これまでの人間の営みを見よというのが主たる主張だろう。


[赤版]
29, 33, 37, 42, 56, 60, 74, 83, 92, 122, 129, 138, 175, 179
[青版]
75, 84, 123, 168, 181, 194, 196, 204, 222
[白版]
68, 140,145, 146, 151, 161, 181, 216, 226, 228, 256, 266

目次:

[赤版]
序  新型コロナと全体主義と哲学
第1講 哲学とは何か――哲学は現代の諸問題を解決するのか
第2講 「独裁」は悪か――世界に独裁者が誕生するわけ
第3講 国家とは何か――人は国家を必要としているか

[青版]
第4講   科学技術の行く末――人間とAI
第5講  ネットと文明――SNSでつながる先の世界
第6講  哲学と演劇――芸術の起源と複製芸術(ゲスト◎あごうさとし)
第7講  哲学と芸術――神話世界からディズニー、アイドルまで

[白版]
第8講   哲学とエロス――身体と欲望にどう向き合うか
第9講  宗教と哲学――救済は現代人にも必要か
第10講  戦争と哲学者――哲学は戦争を抑止できるか
第11講  資本主義は終わるのか

現代を読みとくためのブックガイド    

仲正昌樹
1963 -

www.hanmoto.com

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参考:

uho360.hatenablog.com