読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

仲正昌樹『危機の詩学 ヘルダリン、存在と言語』(作品社 2012)

仲正昌樹の博士論文『<隠れたる神>の痕跡――ドイツ近代の成立とヘルダリン』(1996)に、2009年のハイデガー・フォーラムでの報告論考「哲学にとっての母語の問題――ハイデガーのヘルダリン解釈をめぐる政治哲学的考察」を付録としてつけて刊行されたもの。

市民向けの公開講義を書籍化したものや、堅実でコンパクトな哲学入門書、思想考察書を手頃な価格帯で提供してくれているので、よくお世話になっている仲正昌樹の主著を読んでみようと思い、手に取った。印象としては、仲正昌樹という著述家は、難解な独自の思想を世に訴えたいと思っているような人ではないのだなという、最近の著作にも通じるわりとあっさりとした姿勢が残った。同時代のドイツ観念論や初期のドイツロマン派からハイデガーをへてポスト・モダンまでの思索家・著述家とヘルダリンとの関係性を手際よく紹介してくれているので、本格的にヘルダリンを研究する人にとっては、たいへん優れた伴走者のような研究となっている。ハイデガーによって神格化された詩人像よりも、言語と思考の本来的な危うさをのぞき込んでしまいながら辛うじて詩を書き残した限界の詩人として読む反ハイデガー側の評者たちに仲正昌樹の立場は近い。いちばんシンパシーを感じているのはアドルノの「パラタクシス」、その次にポール・ド・マンの言語は常に別のものも表現してしまうという視座から解釈されるヘルダリンだろうか。アドルノとド・マンも解釈するヘルダリンの言語の制約を見つめたなかでの誌的表現、目的に回収されない生成の瞬間に賭けるような不安定な祈りの歌としての詩のすがたを、自説を被せず、これまでどのように評価されてきたかをたどることでじっくり浮き上がらせている。その解析の作業のなかでもうひとつ特筆されるべきことは、ヘルダリンの詩の引用がすべて仲正昌樹による訳であるということ。私の知るかぎり仲正昌樹以外の日本におけるヘルダリンの詩句引用では、基本的に河出書房新社の『ヘルダリン全集』によるもの、ほぼ手塚富雄訳が使われている。そのような状況のなか新訳を原文付きで提供してくれていることはたいへん貴重なことだと思う。コロンやセミコロンをそのまま残している訳文なので、それだけでも逐語訳を試みてくれているような心意気が感ぜられて、なんだかうれしい。ヘルダリンと翻訳の組合せといえば、「逐語訳」の語は外せないからだ。この翻訳だけでも参照する価値のある業績だ。

力量はあるのに、力点の置き方がめずらしい研究者のように感じた。意志をもって翻訳を主とする人のような態度に似ているだろうか。

 

sakuhinsha.com

【付箋箇所】
4, 7, 23, 24, 49, 54, 63, 72, 82, 98, 116, 134, 135, 137, 139, 141, 160, 168, 173, 186, 190, 235, 244, 256, 259, 312, 315, 333, 375, 378, 407, 418, 425, 428, 435, 470, 492, 521, 550, 556, 631


目次:

「危機の詩学」への前書き
まえがき
旧版

序章 ポスト・モダンとヘルダリン

1章 ヘルダリンの危機意識と近代合理主義
 1節 乏しき時代の詩人
  a.〈詩人の使命〉とは?
  b.〈神々の夜〉としての近代
 2節 自我意識と自然
  a.言語の反省的性格
  b.自我意識発生の謎と《ライン》の流れ
  c.理想言語の探求─ルソーとヘルダリン

2章 ドイツ観念論とヘルダリンの〈根源〉の思想
 1節 自我中心主義哲学との対決
  a.フィヒテの〈絶対的自我〉
  b.ヘルダリンのフィヒテ受容
  c.フィヒテとの相違─自我の〈外部〉
 2節 不在の存在と主体の死
  a.〈判断〉と〈存在〉
  b.〈合一〉をめぐるパラドクスと美的直観
  c.不在の〈存在〉の〈描出〉をめぐって
  d.美的反省における〈自己〉のオートポイエシス
  e.人間の使命としての〈感受=基本的情緒性〉
 3節 ヘルダリンと初期ロマン派
  a.ノヴァーリスとシュレーゲルの〈存在〉論
  b.初期ロマン派の〈自我〉とヘルダリンの〈自我〉
  c.オートポイエシスと〈根源〉
  d.近代の主体と詩的論理

3章 ヘルダリンの言語哲学
 1節 言語の詩的本質
  a.ヘルダーの言語起源論とヘルダリン
  b.詩的言語による〈世界〉再創造
  c.詩的言語の文法
  d.総合的判断形式の拡散
 2節 詩的言語と〈存在〉
  a.〈存在〉と〈生成〉
  b.〈ポエジー〉の中での〈生成〉
  c.詩の中に〈留まるもの〉
  d.二重の時間と空間

4章 ハイデガーのヘルダリン解釈をめぐって
 1節 表象空間の〈超克〉
  a.作品の時間と本来的な時間
  b.西洋形而上学の限界とヘルダリン
  c.プラトン形而上学の最終段階
  d.心情空間の〈内〉と〈外〉
  e.非デカルト的な時空間の可能性
 2節 詩的エクリチュールにおける言語の自律性
  a.〈言語〉を通しての〈向き変え〉
  b.言語を通して語りかける〈存在〉
 3節 〈存在の樹立〉か〈総合的判断への抵抗〉か?
  a.〈聖なるもの〉を語る主体
  b.〈非同一的なもの〉を示す〈形式〉
  c.自然の解放と主体性

5章 ヘルダリンのドイツ性と祖国的転回
 1節 ヘルダリンと〈祖国〉
  a.ハイデガーのヘルダリン解釈とナショナリズム
  b.〈固有なもの〉と〈異質なもの〉
  c.〈故郷〉に帰らない〈精神〉
 2節 〈祖国的なもの〉の自己解体
  a.悲劇の本質と〈祖国的転回〉
  b.芸術作品の内での〈祖国的なもの〉

6章 ヘーゲルとヘルダリン 
 1節 初期ヘーゲルの非体系的思考とヘルダリン
  a.ヘルダリンの〈存在〉論と初期ヘーゲルの〈愛〉の思想
  b.ヘーゲル宗教哲学
  c.ヘルダリンの美的宗教と《ドイツ観念論最古の体系プログラム》
 2節 不在の神と現前する神
  a.反省哲学の自己矛盾と〈無限なもの〉の自己否定
  b.合一の否定と絶対精神の論理
  c.絶対精神の一元的論理とヘルダリンの否定の美学

終章 〈近代〉の限界とヘルダリン


参考文献

補論 哲学にとっての母語の問題──ハイデガーのヘルダリン解釈をめぐる政治哲学的考察
 1 ハイデガーにとっての[言語─母語─詩的言語]
 2 ハイデガーのヘルダリン解釈と民族の原詩作
 3「存在の樹立」と「国家」
 4 詩的言語における同一性と他者性
 5 まとめ──母語/詩的言語と哲学
 
後書きに代えて──ヘルダリンを読む意味
    

参考:

uho360.hatenablog.com

uho360.hatenablog.com

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