読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

幸田露伴『努力論』(岩波文庫 1940, 改版 2001)

幸田露伴『努力論』がはじめて刊行されたのは明治末年大正初めの1912年、まだ第一次世界大戦が勃発する前の世界。技術の進展と同時に努力改善が独断に走って、いままでにはない悲惨が生み出されてしまうことが現実化してしまうすこし前の世界のなかで、努力と幸福と人それぞれの気構えについて誠実に語り尽した記念碑的な一冊。ひとりよがりに努力することの弊害について、序文から指摘していることについては、通読後にも覚えておくことが必要かと感じられた。

努力は功の有と無とによって、これを敢えてすべきや否やを判ずべきではない。努力ということが人の進んで止むことを知らぬ性の本然であるから努力すべきなのである。(中略)努力は好い。しかし人が努力するということは、人としてはなお不純である。自己に服せざるものが何処かに存するのを感じて居て、そして鉄鞭を以てこれを威圧しながら事に従うて居るの景象がある。
(「初版自序」より)

努力し幸福を生む活動を勧めるにあたって、まず努力の弊害にも目を向けているところに、幸田露伴の知識人としての疑いようのない誠実さを感じ取ることができる。近現代の正義の面倒さに意識的に向き合いつつ、正義と幸福を確立できるような努力の方向性を打ち出した本論考は、100年を経て参照するに足る摩擦力をもっている。未読ではあるが、超訳の『努力論』が刊行されているのは、原書が現代においてもどこかしら有効であることを示している証拠であると考えることができる。

 

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幸田露伴
1867 - 1947