読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

批評

岡倉天心『英文収録 日本の覚醒 THE AWAKENING OF JAPAN』( 1904 夏野広訳 講談社学術文庫 2014 )余暇についてメモ

セネカの『道徳論集』のなかでもそれ自体としては肯定的にとらえられていた「暇」につづいて、岡倉天心の『日本の覚醒』でも「余暇」「閑暇」の重要性が説かれていたので、他の人の考えも併せてメモ。 【岡倉天心 THE AWAKENING OF JAPAN 原文】 The philist…

森村泰昌『手の美術史 MORIMURA METHOD HANDS & FINGERS IN ART MASTERPIECES』(二玄社 2009)不気味の谷にあえて足をかける作家、うろたえる鑑賞者

名画に描かれた手の部分200点を切り出して、手の表現力に眼を向けさせる一冊。顔と手は衣服をまとわないがゆえになまめかしいというところから、絵画の中の手を凝視する。一通り手のクローズアップを解説付きで通覧したあと、176ページ以降に掲載作品…

蓮實重彦『知性のために 新しい思考とそのかたち』(岩波書店 1998)結果よりも過程が大切らしい

第26代東京大学総長時代(1997-2001)の9講演を収めた書籍。久しぶりに再読。頻繁にドゥルーズの『差異と反復』に言及していることにちょっと驚く。『マゾッホとサド』やフーコー論『新たなるアルシヴィスト』の翻訳者でもあるので別に驚くこともないのだが…

野見山朱鳥『忘れ得ぬ俳句』(朝日選書 1987)俳句の魔性を垣間見れるアンソロジー

野見山朱鳥と聞いてパッと代表句が思い浮かんでこないので、本書『忘れ得ぬ俳句』が一番大きな仕事なのだと思う。書林新甲鳥から刊行されていた『忘れ得ぬ俳句』(1952)『続・忘れ得ぬ俳句』(1955)をあわせて一巻としたもの。俳人95名に代表句から迫る…

水原秋櫻子『近代の秀句 新修三代俳句鑑賞』(朝日選書 1986)

明治・大正・昭和の三代、82名の俳人の478句を選び、一句ごとに解釈と批評をつけた名句入門書。朝日新聞社のサイトには書籍紹介のページがあるものの、amazon上には中古品しかない。最安値8889円。希少品ということか。私は本は買っても売らない主義(…

高橋睦郎『私自身のための俳句入門』(新潮選書 1992)俳句界に参入するための心得書

日本の文芸の歴史の中で俳句形式がもつ意味合いを探る一冊。書き方講座というよりも読み方講座として重要性を持っている。 私たちがいま俳句とは何かを考えることは、俳句を生んだわが国文芸、とりわけ和歌の長い歴史、和歌の自覚を生んだ海外先進異国文芸と…

中沢新一『日本文学の大地』(角川ソフィア文庫 2019, 角川書店 2015)不合理なものの蠢きに感応する批評眼

もとは1990年代後半『新編日本古典文学全集』の月報に連載されたエッセイ。オウム真理教地下鉄サリン事件などの影響で仕事がなくなっていた時期の著述。同時期の作品に『フィロソフィア・ヤポニカ』(2001)がある。神秘主義的でいかがわしいところもある…

真木悠介『自我の起源 愛とエゴイズムの動物社会学』(岩波書店 1993, 岩波現代文庫 2008 ) 読むことの先に初めて出現するまばゆい世界

先日読んだ『戦後思想の到達点』収録の大澤真幸との対談で社会学者見田宗介(真木悠介)は後世に残したい仕事を七つ挙げていた。理論的なものとして『時間の比較社会学』『自我の起源』『現代社会の理論』『現代社会はどこに向かうか』の四点。その他で熱心…

小川剛生訳注『正徹物語 現代語訳付き』(角川ソフィア文庫 2011) 正徹は室町時代の塚本邦雄かも

室町中期の禅僧で歌人の正徹の歌論書。本人多作で難解な歌が多く異端視されることもあるらしいが、古今の歌に通暁し、なかでも定家を愛し、歌論にも優れているという存在。途中から室町時代の塚本邦雄みたいなものかと思いつつ読んだ。辛口なところも似てい…

唐木順三『良寛』(筑摩書房 1971, ちくま文庫 1985)天真爛漫と屈折の同居。漢詩の読み解きを中心に描かれる良寛像

良寛は道元にはじまる曹洞宗の禅僧で、師の十世大忍国仙和尚から印可を受けているので、悟りを開いていることになっているはずなのだが、実際のところ、放浪隠遁の日々を送っているその姿は、パトロンから見ても本人的にも失敗した僧と位置付けるのが正しい…

唐木順三『無常』(筑摩叢書 1965 ちくま学芸文庫 1998)日本的詩の世界の探究

赤子の世界、無垢なる世界は、美しいが恐ろしい。穢れ曇ったものが触れると、穢れや曇りが際立ってしまう。そして、在家の世界で赤子のままでずっといられる万人向けの方法など探してみても、どうにもなさそうなので、せめて先人の行為の跡に触れようと、と…

ジャック・デリダ『痛み、泉 ― ヴァレリーの源泉』(1971 ヴァレリー生誕百周年記念講演 佐々木明訳 )ヴァレリーとフロイト、ニーチェの親近性

ヴァレリーのカイエの読解からフロイト、ニーチェとの親近性を説く論考。そして自己聴解という点においてヴァレリーとデリダ自身の親近性をも示す論考となっている。 源泉が何ものかとなった――これこそが不可解なことだ――とき、起源のそれ自身に対するこの遅…

ウンベルト・エーコ 編著『醜の歴史』(原書 2007, 川野美也子訳 東洋書林 2009)醜は美よりも多様で複雑で個性的で且つ身近な現実

言葉にするとはしたないことになってしまうけれども、興奮状態でいたいというのは近代生活においては基本的な性向となっているに違いない。倦怠でさえ興奮の対象としてボードレールを一つの頂点としてさまざまな詩人たちによって悪魔的に描出されている。 醜…

アントナン・アルトー『神の裁きと訣別するため』( 原書1948 河出文庫 2006 )「器官なき身体」を「腑抜け」が読む

アルトー最晩年のラジオ劇『神の裁きと訣別するため』関連の文章(宇野邦一訳)と『ヴァン・ゴッホ 社会による自殺者』(鈴木創士訳)の最新訳カップリング。 心身の不調と経済的苦境によって死にまで追い詰められた二人の人物。近い親族にいたとしたらやは…

小崎哲哉『現代アートとは、何か』(河出書房新社 2018) マルセル・デュシャンのレディ・メイド以後のアートとの付き合い方について

「美」とはなにか、ということは別に置くとして、現代アートはもはや「美」を志向していない、という現実にとどめをさしてくれた貴重な一冊。確かにデュシャンの作品集は所有していてもあまりワクワクしない、レディメイドの複製品という印象が強い。デュシ…

ポール・ヴァレリー『ムッシュー・テスト』(原書1946, 岩波文庫 清水徹訳 2004)

一八九四年ごろから構想されはじめた小説『ムッシュー・テストと劇場で』からはじまるヴァレリー唯一の連作短編集。死の直前までテキストに手を入れていたり、ムッシュー・テストにまつわる自筆の版画やデッサンを描いていたりと、作者にとってそうとう愛着…

マルティン・ハイデッガー『ヘルダーリンの詩の解明』(原書1951, 理想社ハイデッガー選集3 手塚富雄他訳 1963)

よく引用されるヘルダーリン論四篇が収録されている。 「帰郷――近親者に寄す」(1943) 訳:手塚富雄「ヘルダーリンと詩の本質」(1936) 訳:斎藤信治『あたかも、祭の日の・・・・』(1939) 訳:土田貞夫、竹内豊治『追想』(1943) 訳:土田貞夫、竹内豊治 こと…

マルティン・ハイデッガー『乏しき時代の詩人』(1945の講演, 理想社ハイデッガー選集5 手塚富雄・高橋英夫 共訳 1958)の読書感想を書いていたら淀川長治(1909 - 1998)のことを思い出した。

論文集『森の道』(1950)に原題「何のための詩人か」として収録された、ヘルダーリンに導かれるようにして展開されたリルケ論。「ドゥイノの悲歌」と「オルフォイスに寄せるソネット」などの後期作品を中心に取り上げている。 「乏しき時代」とはヘルダーリン…

安東次男『芭蕉連句評釈』(講談社学術文庫 上巻1993 下巻1994)

連句は高等遊戯で、人を選ぶ。現代では廃れてしまったのも無理はない。逆に江戸時代によくこんなものが流行ったもんだと、安東次男の評釈書を読みすすむほど感心する。各種文芸と能狂言くらいしか楽しみがなかった分、はまった人はどこまでも深く潜っていく…

ウィリアム・エンプソン『曖昧の七つの型』(原書1930, 1953 岩波文庫 2006)

批評は科学というよりも芸道で、学んだからといって誰もが道具や技術を獲得できるわけでなく、読解のセンスがものをいう。だから批評自体が面白く、扱っている対照が魅力的に見え、読者に自分も読んでみたいと思わせることができたら成功だ。エンプソンの『…

ジャック・デリダ『「幾何学の起源」序説』(原書 1962, , 青土社 1988)

デリダの序説はフッサール論であるとともに、ジェイムズ・ジョイス論という側面を持っている。ジョイスを論ずるのにヴィーコを持ってきたベケットと、フッサールを持ってきたデリダ。これまでデリダは苦手で、お付き合いするのをためらうことが多かったのだ…

柄谷行人 「「アメリカの息子のノート」のノート」(1968, 『柄谷行人初期論文集』2002, 『思想はいかに可能か』2005)

コロナ禍の下、アメリカでの差別抗議デモが広がるなかで、初めて手に取ったデビュー以前の柄谷行人の論文集のジェームズ・ボールドウィン論に立ち止まる。 たとえば、いま現に不正がありそれに対して闘わねばならないとき、そこから退いて思索する思想家の「…

山鳩よみればまわりに雪がふる 高屋秋窓(1910-1999)の言語への嫉妬 安井浩司「高屋秋窓論への試み」(1976)

個人的には安井浩司は現代俳人の中でトップの人と思っている。たとえばこんな句を作ってしまう人だ。 今日もきて厠を知れる黒揚羽 (『霊果』1982) その気になる俳人が、高屋秋窓の句作を芭蕉が驚愕するだろうものとして取り上げている。普通に考えればとて…

T・S・エリオット(1888~1965)の詩と散文 読書資料:出版年代順

日本語で読めるエリオットの詩と散文を出版年代順に一覧化した資料。 彌生書房のエリオット選集(1~3巻)と思潮社のエリオット詩集をベースに表形式で一覧化。劇詩(キャッツ、カクテル・パーティー、寺院の殺人)はとりあえず除外。詩の翻訳(特に「荒地…

T・S・エリオット(1888~1965)の詩と散文 読書資料(CSV形式)

彌生書房のエリオット選集(1~3巻)と思潮社のエリオット詩集をベースにエリオットを読みすすめるための資料。CSV形式で保存後利用できるように加工。項目は邦訳題,原題,出版年,訳者,収録書籍,作品区分,資料通番の七つ。劇詩(キャッツ、カクテル・パーテ…

T・S・エリオット(1888~1965)の詩と散文 読書資料:翻訳書籍別

彌生書房のエリオット選集(1~3巻)と思潮社のエリオット詩集をベースにエリオットを読みすすめるための資料。原題、出版年、訳者等のデータを表形式で一覧化。劇詩(キャッツ、カクテル・パーティー、寺院の殺人)はとりあえず除外。訳詩はいろいろ出て…

中西進編『大伴家持 人と作品』(1985 桜楓社)

大伴家持没後1200年の記念出版本。研究者七名による紹介と、年譜、口訳付大伴家持全歌集からなる。本書を通して読んでみると、大伴家持はどちらかというと長歌の人なのではないかと思わされた。それから官僚としてしっかりと務めを果たした人でもあったのだ…

山本健吉『大伴家持』(1971)

安心の山本健吉。幅広い知識をベースに一流の鑑賞を披露してくれている。 【歌語に対する考察】 万葉の挽歌では、「死ぬ」という言葉を絶対に使わない。信仰的には、死は死ではなく、甦りだという考え方があった。「天知らす」「雲隠る」「過ぐ」「罷る」「…

山内長承『Pythonによるテキストマイニング入門』(2017)

チャンスが来たらテキストマイニングツールも使って作品分析、作家分析をやってみたいという望みを持っているので、状況調査として本書を読んでみた。一番有効な記述はデータ準備の部分。ツールを適切に使うために、事前に電子テキストを整形するためのコー…

佐々木敦 + 東浩紀 編著 『再起動する批評 ゲンロン批評再生塾第一期全記録』(2017)

批評家養成塾の課題と模範解答がメインの一冊。講師に立った人で知らない人の方が多いという現状が一般的に批評が読まれていないということを物語っていると思う。批評の対象や関心領域が広すぎてフットワークの良い人以外なかなかついていけないという事情…