読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

ロジェ・カイヨワ『石が書く』(原著 1970, 訳:菅谷暁/ブックデザイン:山田英春 創元社 2022)

図版だけ眺めているだけでも楽しめる、カイヨワの石コレクションをベースにつくりあげられた、石にひそむ記号探索の書。風景石、瑪瑙、セプタリア(亀甲石)、ジャスパー(碧玉)などの自然石にあらわれる形態が、想像力を刺激して連想類想を生む不思議を十全に展開させている、カイヨワの思想と快楽がつめ込まれた一冊。ベルナール・ビュッフェ、ベックリン、ジャック・ヴィヨン、マルクーシ、ピカソ、ブラックなどキュビズムの画家を中心に線の主張の強い画家たちの作品に連想を飛ばしながら、自然が生み出した印象深くて人間に働きかける石の美しさを語り上げていく。自然の石とはいっても、そこには掘削、カット、研磨、選択という人間の力が働いていることはもちろんだが、それをさせるだけの潜在的な力が特定の石には存在していて、現代美術作品よりもはるか前から希少な形態で多くの好事家を惹きつけている。

本書は2022年に新訳されたもので、図版も色鮮やかに改められていて、単純に美しい。カイヨワによって名前が挙げられないのが不思議なほどパウル・クレーの作品に似ている石がいくつかあったり、風景石といわれる石の岩組みのような景色はジオットの背景や建造物を連想させるものがある。また、ときに個性的な日本画家の作風を連想させる奇石、たとえば応挙の波紋様、たとえば蕭白の奇岩などがあり、自然がつくりあげたものも人間がつくりだしたものも、こころをさわがせるものの共通した線と曲線とそれらで区切られた平面のその色合いや艶を持っているようで、カイヨワは本書でそのリストを提出してくれているような印象もある。

ほかにケーニヒ、デュブス、カラッチなどが特徴ある石の上に彩色して古典作品の情景を描きあげている作品も紹介されているのも見もの。『恋するオルランド』『狂えるオルランド』『神曲地獄篇』など。いずれも詩作品の世界を力強く描き出していて、該当場面を特定するためにも詩そのものを読みたくさせるような作品になっている。基底材そのものの芸術的価値をいやましにしている芸術家の編集能力にも唸る逸品。なかなかおもてには出てこない著者カイヨワの熱狂も静かに伝わってくる質の高い石コレクションの案内書。

www.sogensha.co.jp

目次:
石のなかの画像
あばら屋石
夢の石
セプタリア
ジャスパーと瑪瑙
石の書法―世界の構造
トスカーナ石灰岩
生命の参入―別の書法

ロジェ・カイヨワ
1913 -1978
菅谷暁
1947 -