読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

田辺昌子『鈴木春信 江戸の面影を愛おしむ』(東京美術 2017)

B5判の判型に鈴木春信作品87点、比較対照用の春信以外の作者の作品20点を収めた解説本。野口米次郎や宮沢賢治が鈴木春信の浮世絵にインスパイアされて作成した詩などの紹介もあり、春信作品の特色と受容の歴史などに目配せが効いている。また使用された絵具や先行作品や後継作品を春信作品とともに載せることで、優美で重力に囚われていないつるんとした特徴的な春信の作風がより強調される造りとなっている。また、美人を中心に置いた作品ばかりでなく、子供と親が配置された江戸の穏やかなに日常を描いた作品を多く取り上げているところにも本書の特徴がある。

将軍のお膝元で城に見守られ、整備され、秩序の保たれた江戸という都市に生まれ育ち、暮らす恩恵と安心感を得ているがゆえに、満ち足りた日々の生活が浮世絵にも表わされるようになったのであろう。

春信が活躍した浮世絵創世記のころの作品依頼者あるいは作品享受者はまだまだ富裕層が多く、後代の北斎や広重や国芳などの怪奇や世俗などの要素の強い作品に比べれば、優美さにより価値が置かれていたことも、作品が醸す日常的穏やかさに資するところがあったのであろうと思う。また新興階級としての商人たちの贅沢さもじんわり伝わってくるところも作品の美しさを高めているような感じも受ける。もともとの図版が大きいうえに、ここぞという部分の拡大図が掲載されていることで、鈴木春信の擦りも絵具も紙も高級な作品の贅沢さがよりよく伝わってくる。春信後期の作品の『風流江戸八景待乳山暮雪』に描かれた遊女の部屋のこたつの掛布団は、フェルメールが描く『眠る女』や『取り持ち女』のタペストリーに匹敵する美しさであるとが分かる。実物も見てみたいと思わせる鈴木春信紹介の一冊。

 

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目次:
恋の章 詩情あふれる夢の世界
創の章 粋人たちのあそび
慈の章 江戸の日常をみつめる
雅の章 隠された趣向をさぐる
美の章 江戸のアイドルお仙とお藤

鈴木春信
1725? - 1770
田辺昌子
1963 -