読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

久保田淳訳注 鴨長明『無名抄 現代語訳付き』(角川ソフィア文庫 2013)

思い通りに出世もできず、歌人としても突出できず、老いをむかえて方丈庵に住むようになってからこつこつ散文を書きはじめた鴨長明のことが最近気になり出した。

歌論書『無名抄』は、角川ソフィア文庫で出ているのをブックオフで見かけたということもあって、購入して、ここ何日か風呂につかりながら読みすすめた。おそらく50代で、いまの私と同じ年くらいに書かれた作品だ。『方丈記』とも違って、力がすこし抜けているところに独特の味わいがある。

歌論書『無名抄』。後鳥羽院でも定家でもない、歌人や評者として一段落ちる鴨長明だからこそ伝えることのできる新古今集の時代の空気感を、自然体で受けとめることができる、風通しのよい論考の書。自己主張は多くなく、複数の名のある評者の評を多く引用したり、聞き知ったことを写したりしているために、バランスよく、歌の良し悪しや歌と人生とのかかわり合いについて表現されている。師匠の俊恵をはじめ、俊成、俊頼、頼政、清輔、寂蓮などの歌に対する考えが多く引かれているので各歌論への導入の書ともなっているし、幽玄などの概念についても、重苦しくなく、さらっと自身の受け取り方を開陳していて、入門的な歌論として優れたはたらきもしてくれている。

歌人としては超一流ではないという自覚をもっていた鴨長明は、歌に関してはとても謙虚で、書かれた文章も非常に当たりがやわらかい。現代語訳で読んでも、原文で読んでも、どちらでもほっこりした気分にさせてくれる、比較的優しく易しい、珍しいタイプの古典だと思う。

 

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鴨長明
1155 - 1216
久保田淳
1933 -