読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

鈴木貞美『鴨長明 ――自由のこころ』(ちくま新書 2016)

最新の研究を参照しながら新たな鴨長明像を提示しようとした野心的な著作。新書であるにもかかわらず研究書あるいは批判的な考察の多い批評といった印象が強く、鴨長明をある程度読んでいない人にとってはとっつきにくい作品であると思う。少なくとも鴨長明が書いたことが明らかな『無名抄』『方丈記』『発心集』は現代語訳であってもひととおり読んでおいた方がよいし、鴨長明の生年を文献の厳密な調査から1153年とした五味文彦の『鴨長明伝』(山川出版社 2013年)から大きな影響を受けているため五味文彦作品から読んだ方が分かりやすい。また、多くの人に影響を与えている堀田善衛の名著『方丈記私記』との鴨長明像や新古今和歌集についての解釈の差異を打ち出すことが著者の狙いでもあるので、前提として堀田善衛作品も読んでおいた方がよい。
方丈記』の最後の一句に「南無阿弥陀仏」ではなく「不請阿弥陀仏」とあるのは単なる仏教否定ではなく仏教界を含めた世の秩序からの逸脱解放を願ってのことだという主張を、『無名抄』『方丈記』『発心集』のそれぞれの作品に込められた鴨長明の思想とそれぞれの作品の文体を解析することによって導きだしているところは、文芸批評家兼日本近代文学研究者ならではの説得力ある提言ではあるが、入門書と思って読みはじめた読者にとっては読みすすめるのがつらくなるような専門的な領域に踏み込んでいる。また、多くの論者が指摘している、鴨長明の自己愛が強い偏った面のある人間的には弱い傾向を、こころの自由を求める積極的なあらわれとして全体として肯定的にとらえ返す視点も、相対化という観点からは大いに評価されるべきものではあるが、人間性の弱さが出ているがゆえに興味深くもある鴨長明の作品の姿から過剰に翳を消すようにはたらいてしまう力もあるので、全面的には受け入れるのには注意が必要だと思う。すがすがしさを感じさせないながらも、どこかしら自足し救われているという、稀有のバランスをもっているのが鴨長明の散文作品の魅力だと思うからだ。

 

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【付箋箇所】
13, 19, 27, 51, 55, 68, 86, 89, 95, 97, 101, 102, 125, 132, 153, 154, 161, 163, 168, 230, 246, 248, 250, 255, 256, 258, 260

目次:
序 ゆく河の流れは
第1章 鴨長明―謎の部分
第2章 長明の生涯―出家まで
第3章 『無名抄』を読む
第4章 『方丈記』―その思想とかたち
第5章 『発心集』とは何か
第6章 歿後の長明

 

鈴木貞美
1947 - 
鴨長明
1153 - 1216