読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

五味文彦『鴨長明伝』(山川出版社 2013)

歴史学者鴨長明の三作品『無名抄』『方丈記』『発心集』と残された和歌、そして関連作品・関連資料を綿密に読み込んだうえで提示した信憑性の高い鴨長明の伝記作品。散文三作品が書かれた順番やおおよその時期を確定し、また鴨長明の生年と残されたエピソードが起こった時期とその時の年齢を特定し、さらには後代の人物が鴨長明伝説として仮構し追加したであろうエピソードを分別することで、より真実に近い鴨長明像に迫っている。
いくつかある大きな指摘のなかでも、鴨長明が秘曲「啄木」を無断で演奏して問題となったという『文机談』に書かれた「秘曲尽くし」の一件については、関連人物の年齢特定から現実的ではないとして、後代のフィクションとしているところは詳細を極め、さすが専門家の仕事と目を見張るものがある。
ほかにも、日野の方丈庵に移る前に所属していた大原の遁世者のコミュニティに居心地の悪さを感じていたであろう鴨長明の姿や、後鳥羽院に見いだされ『古今和歌集』を生むことになる和歌所で懸命に活動していたなかでも、和歌の世界でのおのれの才能の基本的乏しさを感じながら、時に良歌が生まれ正当に評価されたときの手放しの喜びようなどが鮮やかに描き出されている。
資料から抽出された本当の姿に近い鴨長明と、その姿から尾鰭も色も着けたくなった同時代から後代の人びとの鴨長明に対しての興味関心がよく伝わってくる良書であった。
専門家の仕事はこうあって欲しいというひとつの典型ではないかと思う。信頼のおける一冊。

www.yamakawa.co.jp

【付箋箇所】
48, 106, 114, 134, 141, 147, 151, 156, 166, 168, 169, 185, 187, 188, 199, 203, 206, 207, 209, 215, 228, 231, 233, 237, 238, 239, 247, 249, 255, 263, 264, 273, 282, 283, 289, 296, 301, 302, 303, 305

目次:
はじめに
Ⅰ 若き日々
 一 行く川の流れ ―― 鴨氏人の世界
 二 糸竹・花月を友とせん ―― 若き頃
 三 よどみに浮かぶうたかたは ―― 歌人としての道
 四 世の乱るる瑞相 ―― 時代の転換
Ⅱ 和歌の道
 五 一つの庵をむすぶ ―― 新たな出発
 六 いみじき面目 ―― 『千載集』
 七 二つの姿 ―― 近代古体
Ⅲ 奉公の勤め
 八 歌の事により北面に参り ―― 正治建仁の頃
 九 御所に朝夕候し ―― 和歌所の寄人として
 十 家を出で、世を背けり ―― 大原山の雲
Ⅳ 庵から問う
 十一 出家を遂げて ―― 日野山の奥に
 十二 閑居の気味 ―― 方丈の庵にて
 十三 東国修行 ―― 鎌倉の世界
 十四 我が心のおろかなるを励まして ―― 『発心集』
おわりに

五味文彦
1946 - 
鴨長明
1153 - 1216

 

参考:

uho360.hatenablog.com

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