読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

フランシス・ポンジュ『物の味方』(原著 1942, 阿部弘一訳 思潮社 1965)

『物の味方』はフランシス・ポンジュの第二詩集。サルトルを感銘させてポンジュ論「人間ともの」(『シュチュアシオンⅠ』所収)を書かせたところの名詩集。

阿部弘一訳がはじめてポンジュの詩集を外国の言語に翻訳したということも手伝って、日本では谷川俊太郎がポンジュの影響を受けて詩集『定義』を上梓したり、岩成達也がよくポンジュを読んでいたりと、比較的ひろく受容されていたものだが、残念ながら、いまは図書館でもなかなかお目にかかることのできない貴重な本になってしまっている。

訳者のあとがきの言葉を借りるならば、「非思想的なストイックな描写と羅列の文学というポンジュの詩的方法」によって作り上げられた幻想的辞典のおもむきのある一冊である。全32編。凝視と熟考の果てに日常的な存在から一歩も二歩もはみ出しふみ出した物のすがたが鮮やかな言葉で表現されている。長短織り交ぜて、33篇。虚空の展示スペースの下に、説明パネルが添えられた、幻想博物館をじっくり巡るような感覚の読書体験が待っている。

そこでは、たとえば、次のようなポンジュの言葉に出会えたりする。

 王は、ドアに手を触れることがない。

 身近にある大きな鏡板の一つを、手荒に、あるいは、そっと自分の前に押しあける、それをもとの位置に戻すためにその方にふりむく、――腕でドアをおさえる、この幸福を彼らは知らない。
 
(「ドアの楽しみ」より)

 

とくべつ気になることのないような物や行為が、いつにない鮮明で色濃い輪郭をもって、強めに描き出されるために、世界が別のすがたを見せてくれるようなのである。ポンジュは、その世界のすぐれた案内人なのである。

 

目次:

秋の終り
哀れな漁師
羊歯のラム酒
桑の実

蝋燭
巻たばこ
オレンジ
牡蠣
ドアの楽しみ
霧の世界で樹は解体する
パン

季節の循環
軟体動物
かたつむり


海辺
水について
肉の塊
体操家
若い母親
商業登記簿・セーヌ県・……号
アンタン街、レストラン・ルムニエ
貝に関するノート
三つの商店
動物と植物
小えび
植物
磧石

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