20世紀フランス、アンドレ・ブルトンのまわりで活動していた13人の詩人のアンソロジー。読むきっかけはピエール・ルヴェルディの詩を佐々木洋以外のチョイスと訳で読んでみたかったため。選択肢で出てきたのが本書で、窪田般彌編訳のルヴェルディ。佐々木洋の選訳よりも硬度が高いと感じた厳選の8篇だった。シュルレアリストたちの先行者としての位置も感じとることができて満足感も高い。ほかに、キーマンであるところのアンドレ・ブルトンの詩が、頭で操作しているような印象があっていちばん響いてこなかったところが面白かった。
響いてきた詩句を2行くらいずつメモ引用。
アンリ・ミショー(1899 - 1984) 小海永二訳
氷山よ、手すりもなく、取り囲むものもなく、そこに、打ち落とされた老いたる鵜来たり、また新しく死んだ水夫らの魂来って、この極北の、人を魅惑する夜々に肘をつく。
(「氷山」より)
ルネ・シャール(1907 - 1988) 水田喜一朗訳
不可能とは、ぼくらがけっして到達できぬもの、けれどもぼくらを照らすランターンとして役立つもの。
(「砕けやすい年」より)
アンドレ・ブルトン(1896 - 1966) 大槻鉄男訳
《髪をふり乱した女がつけてきても気にかけるな。
《それは青空なのだ。君はなにも青空のことで怖がるには及ばない。
(「神々から見て」より)
サン=ジョン・ペルス(1887 - 1975) 成瀬駒男訳
かくて生きとし生けるものみなが 塩の苦行衣に似つかわしい。たとえば われらの徹宵の灰の果実 お前たちの砂でできた矮小なバラ そして夜明け前に追い返された一夜妻……
(「奇しきは かくも多くの風が……」より)
イヴ・ボンヌフォワ(1923 - 2016) 平井照敏訳
ここでは石はただひとり あてもなくひろがった灰色の塊だ
そしておまえは昼が来ることもないのに あるいていたのだった
(「ランプが ひくく……」より)
アントナン・アルトー(1896 - 1948) 小浜俊郎訳
霊的にいえばわたしはおのれを破壊しており、生きているわたしをもはや承認していない。わたしの感受性は石とすれすれ、打ち捨てられた仕事場から、虫けらや蛆虫が出て来そうだ。
(「ミイラ書簡」より)
フランシス・ポンジュ(1899 - 1988) 阿部弘一訳
死、事実それは、蜘蛛が脚を折り曲げて、もはや丸められた網にしか似ていないときだ、
投げ棄てられた手品師の廃物の種袋。
(「新しい蜘蛛」より)
ジャン・タルディユ(1903 - 1995) 安藤元雄訳
――ムッシュウ 物事はそうしたもの
見もしなければ聞きもしない
ただ 聞いてみたいと思ったり
話してみたいと思ったりするだけのこと。
(「ムッシュウ・ムッシュウ」より)
ロベール・デスノス(1900 - 1945) 平田文也訳
きみは戸口にたったまま
きみに似たひとたちでいっぱいな世界と
世界中でざわめくきみの孤独と
その双方の間に
(「きみは最初の通りを……」より)
ピエール・ルヴェルディ(1889 - 1960) 窪田般彌訳
きっと、ぼくは鍵をなくしてしまったんだろう。みんなが周りで笑っている。そして銘々が、各自の首にぶらさがっっている大きな鍵を見せつける。
(「露店のもと」より)
エーメ・セゼール(1913 - 2008) 渋沢孝輔訳
わたしの遍歴の旅の富は船外に投げ棄てよ
わたしの紛れもない虚偽を船外に投げ棄てよ
(「故国復帰のノート」より)
トリスタン・ツァラ(1896 - 1963) 高畠正明訳
生きねばならぬ生がたとえどのようであろうと
死の果てまで小鳥が選んだ自由の飛翔
(「海の星(ひとで)たちの通り道で」より)
レーモン・クノー(1903 - 1976) 弓削三男訳
ものみなに墓場がある
待ちさえすれば
夜となり 朝となる
(「レーモン・クノー」より)
20世紀フランスに舞った華麗な灰の色。13色の灰の色。灰色はすべての後の聖なる色、すべての前の聖なる色。
目次:
アンリ・ミショー 小海永二訳
啓示
呪い
突堤
ウルド族
おれは銅鑼だ
わが血
「死」への路上で
死の歌
レストランのプリューム
氷山
魔法
涯しない声
消える鳥
タアヴィ
ルネ・シャール 水田喜一朗訳
ぼくは事件になりたかった
詩人たち
きみの眼は……開かれる
共通の現存
風に別れを
囚人の鉛筆画
議論
マルチネ
真理がきみたちを自由にするだろう
A***
魅了する四つの存在
もちあげられた長柄の鎌
深淵のうえに描かれるもの
下女
砕けやすい年(抄)
アンドレ・ブルトン 大槻鉄男訳
神々から見て
自由な結びつき
夜警
望遠鏡をつけた魚が
一九三四年の美わしい暁光をうけて
私がおまえなら
サン・ロマノの道で
サン=ジョン・ペルス 成瀬駒男訳
棕櫚よ……!
おお! 僕には讃えるだけの理由がある
魚の頭が嘲笑している
三つの大いなる季節のうえに……
わが偉大なる軍事政府で全権を有し
奇しきは かくも多くの風が……
私の歯はあなたの舌のもとで清い
私は〈恋人〉として〈愛する女〉のために
イヴ・ボンヌフォワ 平井照敏訳
テアートルI
テアートルIV
ほんとうの名前
ほんとうのからだ
このようにして あゆんでゆこう
おまえはランプを
ランプが ひくく……
鉄の橋
未完成こそが頂きだ
ひとつの石
ジャンとジャンヌ
夜の夏I
夜の夏III
夜の夏IX
変化した光
苦悩と欲望の対話I
苦悩と欲望の対話III
苦悩と欲望の対話VI
詩のはたらき
アントナン・アルトー 小浜俊郎訳
ミイラへの祈願
ミイラ書簡
オルガンと硫酸
テクスト・シュールレアリスト
祈り
叫び
休みなき愛
ウッチェルロ・ル・ポワル
フランシス・ポンジュ 阿部弘一訳
雨
桑の実
牡蠣
ドアの楽しみ
若い母親
プラタナス
新しい蜘蛛
アスパラガス
石盤石
ロベール・デスノス 平田文也訳
夢
神秘なひとへの詩篇
いや アムールは死んでない
きみ以外は決して
四人の首なし
墓地
墓碑銘
ペリカン
蟻
きみは最初の通りを……
最後の詩
ピエール・ルヴェルディ 窪田般彌訳
風と精神
いつもひとりで
線と形象
露天のもと
パリのクリスマス
厳しい生活
待っているもの
眼の前の世界
エーメ・セゼール 渋沢孝輔訳
故国復帰のノート(抄)
雨のブルース
雷の子
野蛮
沈黙の十字軍
言葉
厳しい季節
トリスタン・ツァラ 高畠正明訳
まるでひとつの危険な観念のように
海の星(ひとで)たちの通り道で
レーモン・クノー 弓削三男訳
アニエールの犬たち
隠喩解義
詩法のために
そんなにこわくはないさ
ルーヴォワ辻公園
駆りだされる鵞鳥