読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

三木紀人『鴨長明』(講談社学術文庫 1995, 新典社 1984)

広範な資料を読み解き、細部を形成している言葉の選択から人物の考えや動向をリアルに特定し、資料に残されていないものに関しては想像力をもって踏み込んだ人物像を描きあげている、出色の鴨長明伝。比較的硬質の文体での記述でありながら、学術的な感触よりも、文芸的な豊潤さを感じさせるところに特徴があり、読み手を引き込む力を持っている。
京都下鴨社社家に生まれた鴨長明の生い立ちから、早くに父を亡くし後ろ盾を無くしてからの昇進栄達の道を断たれた失意の日々と、悲壮を紛らわすかのように詩歌管弦の道にのめり込んでいく姿を、鴨長明本人の気質と時代の流れを検討しながら鮮やかに描き出していく。主な資料としては、鴨長明自身の歌集や晩年の三大作品と同時代人が記した日記や物語の記述であるが、そこから鴨長明の特異性や癖といったものを導きだしていく手際には感心させられる。歌よりも才能があったとおぼしい管絃の道に進まなかったのは、その道の師匠である中原有安よりも自身の神官職の家の格が上だという意識があったためでもあるという、気位の高さを端的に指摘しているところや、平安末期から鎌倉初期の時代にあって、家の間取り図や設計図といった住居の平面図に馴染みが薄い時代状況の中で、建築の専門家でないにもかかわらず家の設計図を書くことに喜びを感じ、なおかつ『発心集』にも自分の似姿のような人物の説話を載せているところなど。『方丈記』『無名抄』『発心集』という晩年の各作品が、21世紀の読み手にも訴えかけてくるところの多い、現代的で個人主義的な味わいを持っていることが、鴨長明の人物像とともに浮かび上がってくる。論述の進行上、太宰治の『右大臣実朝』に描かれた鴨長明像を引いていたりするところにも、作者三木紀人の叙述の上手さが感じられ、かなり楽しめる。

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【付箋箇所】
56, 67, 84, 117, 118, 124, 127, 135, 147, 174, 177, 185, 194, 216, 231, 240, 246, 251

目次:
幼年期
孤児
出発期
異性体
大火と辻風
都遷り
飢餓と戦乱
歌林苑
三十歳前後
三十代
中原有安
四十代へ
新古今時代
遁世
大原から日野へ
草庵の日々
最晩年、そして死

三木紀人
1935 -
鴨長明
1155(旧説)1153(五味文彦説) - 1216