読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

小出由紀子編著『ヘンリー・ダーガー 非現実を生きる』(平凡社 コロナ・ブックス)

貧困と自閉的な精神的障害のなかで生前誰にも見せることなく孤独に創造の世界に過ごしたヘンリー・ダーガー。死後にダーガーの部屋に残されていた原稿と画集を大家であるネイサン・ラーナーが見つけ、芸術的価値を感じて長年保存、美術関係者や研究者への普及に力を尽くした甲斐あって、アメリカのアウトサイダー・アートの代表的作家として認められるまでにいたる。ネイサン・ラーナーはシカゴ・バウハウス派の写真家で、優れた工業デザイナー、大学の教師も務めたことのある人物で、この人の存在がなければヘンリー・ダーガーの特異な世界が一般に知られることはなかったのだから、運命を呪いつづけるようなダーガーの人生にあって、奇跡のように幸運で貴重なめぐりあわせだったのだ。

教会と紙の世界に入りびたるヘンリー・ダーガーの世間からは孤絶した日々。ノートと文字と絵の具とスクラップとトレーシングペーパー。日々作り上げられていく非現実の王国でヘンリー・ダーガーヘンリー・ダーガーとしてよく生きながらえた。長く貧しく報われない日々の、誰にも回収されることのない呪詛と執着とを、一人で長期間支えた方法は検討するに値すると思うし、絵画作品は単純に見飽きない力を持っている。色彩と形体はダーガー独自の世界を創造していて、感心してしまう。

コラージュとトレーシングペーパーによる複写を中心に独自手法で構成されたダーガーの作品を、正式な絵画の教育を受けで著名な先行作品の引用を意図的に盛り込んだ作品を制作する会田誠とくらべたりしたらよくないのだろうが、小学生と女子中高生との違いはあれ現実世界とは隔たりのある場所に集団で描かれた二次元の少女たちの存在には、なんとなくつながりを感じたりもする。

エロスとグロテスク、解放と拘束、平安と暴力が境なしで共存している非現実的世界の感触。

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【目次】
子供時代
ヘンリー・ダーガーの部屋の考古学
『王国』を構成する三つの要素
非現実の王国へようこそ
『王国』は戦争中!
イメージの救出、あるいは拉致?
アーロンバーグ・ミステリー
現実性と非現実性
アルカディア

[詩]関係各位 やくしまるえつこ
[エッセイ]ヘンリー・ダーガーという技術 坂口恭平
[評論]ヘンリー・ダーガー、浮遊する不在 丹生谷貴志

 

ヘンリー・J・ダーガー
1892- 1973