読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

國分功一郎『目的への抵抗 シリーズ哲学講和』(新潮新書 2023)

2023年4月刊行の本書は、現時点での國分功一郎の最新刊。

主著『暇と退屈の倫理学』(朝日出版社 2011, 新潮文庫 2021)の思考を継承進化させた現在を、講義・講和のかたちで現代をともに生きる人たちに対して問い直すようにして語られた問題提起の著作。

目的に拘束された行動よりも、それ自体に喜びを感じることのある行動の自由。資本主義下の生産と消費のサイクルに取り込まれ際限のない欲望を掻き立てられつづけるよりも、身体的限界をみて一定の満足に充足する贅沢。時代的地域的な一定の単位として支配され統治される人々の生活に、選択し活動する個人の自由を開拓し守ろうとしている現代日本を代表する哲学者の言葉。

講義・講話の書籍化とあって比較的気軽に読みすすめやすいが、多くの質疑応答に対応する姿勢に現役哲学者の本気度とオープン・マインドが感じられて爽快。

アガンベンソクラテス、ルソー、メルケルアーレントガンジーマルクスボードリヤールベンヤミンキプリングなど様々な言説家を取り上げて、思考の自由を擁護しようとする中で、特にアーレントにこだわっているところが印象的。

政治的言説に関しては、アーレントが基軸になるような印象ではあるが、個人的には、、それに収まらない、基盤を揺るがすような芸術的ベンヤミンへのこだわりであるとか、ボードリヤールの消費社会批判論に対する國分功一郎の独自の解釈が、常識の異物として残る。

國分功一郎的世界では、資本主義のシステムに回収されてしまう消費は悪いもので、資本主義下に回路におさまらない浪費や贅沢といった身体をベースにした有限で物質的で実在的な回路は、目的による支配を逃れているがゆえに、行動や思考それ自体の自由に対して開かれているという。

資本主義的な効用重視の世界において行動や思考の自由への圧力がどんな意味を持つかということは、ナチス政権下の統制政策において権力掌握下体制に反する行動や思考が公的な評価の下に抑圧と制限されてしまったことに類比される。

危険視されるべきものは、権力に絡めとられること必至な、あらかじめ計算された目的と効用。擁護されるべきは今現在に生きる喜びに直結する贅沢と享楽(遊び)。

啓蒙しようとしている出版社自体が資本主義の回路から完全には自由であり得ないがゆえに、現代の人気哲学者國分功一郎のひとつの流行現象を生み出そうとしている感じはぬぐいきれないけれども、反効率主義としての言挙げとしては、だいぶ頼もしい。

近年の國分功一郎の活動は『スピノザ――読む人の肖像 』(岩波新書 2022)、『言語が消滅する前に』(幻冬舎 2021 千葉雅也との対談)、『畠中尚志全文集』(講談社学術文庫 2022)と、目が離せないというか、同時代同地域の哲学的歩みの現在地を示してくれていて、寄り添いたいと思わせるに足る業績であると思う。

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【目次】
はじめに――目的に抗する〈自由〉

第一部 哲学の役割――コロナ危機と民主主義
 コロナ危機と大学、高校
 自己紹介
 近くにある日常の課題と遠くにある関心事
 自分で問いを立てる
 ある哲学者の警鐘
 アガンベンの問題提起
 「例外状態」と「伝染病の発明」
 アガンベンという哲学者の保守性
 第二の論考
 三つの論点(1)――生存のみに価値を置く社会
 三つの論点(2)――死者の権利
 保守主義
 考えることの危険と哲学すること
 社会の虻として――哲学者の役割
 三つの論点(3)――移動の自由の制限
 支配の条件
 ルソーの自然状態論
 支配の複雑性
 移動の自由と刑罰
 日本国憲法における移動の自由
 政治家と哲学者――メルケルアガンベン
 アンティゴネ、そして見舞うという慈悲
 殉教者と教会の役割
 行政権力とは何か
 行政権が立法権を超える時
 二〇世紀最悪の「例外状態」
 ヴァイマル
 改めて三権分立について

【質疑応答】
 1.移動の制限はある程度仕方がないのでは?
 2.日本ではどのような制限を行政権に加えるべきか?
 3.なぜ人々は自由に価値を置くことをやめたのか?
 4.出発の自由と到着の自由があるのでは?
 5.高校生が将来のためにやっておくべきこととは?
 6.日本で健全な政治を行うために必要なこととは?
 7.警告が届かないのはマスメディアのせい?
 8.生存以外の価値を人々は求めているのか?
 9.死者の権利とは?
 10.テロリズムの脅威は?
 11.マスクを着けたくない人々についてどう思いますか?
 12.哲学者はどこまでその役割を求められるのか?
 13.どうすれば話し相手を増やしていくことができるか?
 14.主張を訴えたとして、社会は変わるものなのか?
 15.「死者の権利」を生者が語るのは傲慢なことではないか?
 16.現代は死生観が昔よりポジティヴになったのか?
 17.今日高校生とのやり取りで感じたことは?

第二部 不要不急と民主主義――目的、手段、遊び
 前口上
 日本では炎上しなかったアガンベンの発言
 「不要不急」
 必要と目的
 贅沢とは何か
 消費と浪費
 消費と資本主義
 浪費家ではなくて消費者にさせられる
 イギリスの食はなぜまずくなったのか?
 目的からはみ出る経験
 目的にすべてを還元しようとする社会
 目的の概念
 目的と手段
 チェスのためにチェスをする
 すべてが目的のための手段になる
 ベンヤミンの暴力論
 「目的なき手段」「純粋な手段」
 カップ一揆とルール蜂起
 ベンヤミンの思考のスタイル
 キム少年――再びアーレントについて
 無目的の魅力
 官僚制と官僚支配
 自由な行為とは何か
 動機づけや目的を超越すること
 遊びについて
 パフォーマンス芸術
 政治と行政管理
 遊びとしての政治とプラトン
 社会運動が楽しくてはダメなのか
 まとめ
【質疑応答】
1.コロナ危機と自由の関係について
2.責任について

おわりに

 

國分功一郎
1974 -