読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

小田部胤久『美学』(東京大学出版会 2020)

しっかり学ぶと人生がちょっと変わってしまうであろうことを予感させる美学の教科書。

カントの『判断力批判』の第一部を詳細に解説しながら、関係する先行作品と現代にいたるまでの後続の美学一般の論考に言及し、カントの論考の深さと広さを伝えてくれる優れた一冊。

判断力批判』の趣味論は、第一義的には、趣味のア・プリオリな構造を解明することを課題とするが、同時に第二義的には、「普通の人間悟性」の織りなす社会へと開かれたものである。そして、この後者の視点は趣味と社交性とが交叉する地点へと人を導くことになろう。
(第VI章 構想力と共通感官 A 美的判断の演繹論(第三〇―四〇節)より)

 

全91節のうち60節までを順番に検討していくスタイルで、読み通してみると残りの31節も気になりだしてくるので、美学の学習だけではなく、カントの『判断力批判』への導入の書としても立派に機能している。

バウムガルテンメンデルスゾーンハイデガー、シラー、ショーペンハウアーデュシャン、バーク、アリストテレスブルデューガーダマーアダム・スミスデリダ、ハーバーマース、リオタール、アーレントドゥルーズシェリングノヴァーリスメルロ=ポンティライプニッツグリーンバーグ、ド・デューヴ、ランシエールなどの著作の具体的な引用分析を行っており、前作『西洋美学史』と並べて読むことで、より深い美学の理解ができるようにも配慮されている。


デリダやリオタール、ドゥルーズなどのカント理解とカント自身の言説の差異を正確に取り上げながら、20世紀の哲学者たちの言説の限界と創意を汲み取って論じているところなどは、精緻さのあまり初学者にとっては読み取り切れずに、かえって味気なく感じることも正直あるのだが、それだけ正確かつ豊富な情報が埋め込まれていることで、再読の機が熟することをじっくり構えて促してくれているようでもあった。

最良の入門書は平易に書かれた解説書ではなく古典それ自体だというのが著者小田部胤久の信ずるところで、本書はカントばかりでなく、ほかの古典を読むためのしっかりした足掛かりとなってくれている。カントのほかには、アリストテレス、シラー、シェリングノヴァーリスドゥルーズへの言及に特に熱が入っていたように思う。

www.utp.or.jp

【目次】
序文
  本書の狙い――三重の構成
  近代美学とカント
  本書の構成について
  『判断力批判』第一部の構成について
  「美的」ならびに「適意」という訳語について
第I章 美の無関心性
  A 美しいものの分析論――質に即して(第一―五節)
  B カント『判断力批判』前史
  C 実践的無関心と美的関与
第II章 趣味判断の普遍妥当性
  A 美しいものの分析論――量に即して(第六―九節)
  B 趣味の普遍性ならびに快の本性
  C 二〇世紀の趣味論
第III章 目的なき合目的性
  A 美しきものの分析論――関係に即して(第一〇―一七節)
  B 美と合目的性
  C 目的なき合目的性のゆくえ
第IV章 趣味判断の範例性
  A 美しいものの分析――様相に即して(第一八―二二節)
  B 範型・実例・模範
  C 範例性のゆくえ
第V章 感性の制約と構想力の拡張
  A 崇高なものの分析論(第二三―二九節)
  B 言語の崇高さから自然の崇高さへ
  C 崇高論のその後
第VI章 構想力と共通感官
  A 美的判断の演繹論(第三〇―四〇節)
  B 共通感覚論の系譜
  C 二〇世紀の共通感覚論
第VII章 美しいものから道徳的なものへ
  A 美しいものへの関心(第四一―四二節)
  B 社交人・未開人・隠遁者
  C 自然の暗号文字
第VIII章 「美しい技術」としての芸術
  A 芸術論(その一)(第四三―四八節)
  B 芸術の誕生
  C 範例的独創性
第IX章 「美的理念」と芸術ジャンル論
  A 芸術論(そのニ)(第四九―五三節)
  B ライプニッツ的感性論の系譜
  C カント的芸術論のゆくえ
第X章 美しいものと超感性的なもの
  A 美的判断力の弁証法(第五五―五九節)
  B 認識・感情・欲求
  C 美的なものと生

あとがき
用語解説
読書案内

 

【付箋箇所】
23, 28, 36, 42, 61, 65, 66, 72, 76, 78, 81, 85, 87, 91, 104, 119, 126, 135, 141, 144, 146, 162, 168, 173, 175, 185, 191, 195, 198, 204, 208, 213, 215, 224, 229, 235, 240, 242, 253, 256, 257, 263, 281, 295, 297, 301, 317, 341, 343, 352, 360, 368, 383, 384, 388, 392, 
4003, 411, 418, 426, 429, 440

小田部胤久
1958 - 
イマヌエル・カント
1724 - 1804