読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

編訳:小笠原豊樹+関根弘『マヤコフスキー選集Ⅰ』(飯塚書店 1966)

マヤコフスキー(1893-1930)は20世紀初頭のロシア未来派ロシア・アヴァンギャルドを代表するソ連の詩人。ロシア・フォルマリズムの理論家ローマン・ヤコブソンなどとも交流があり、文学的な存在としては今日の日本においても依然大きいのではないかと考えられる。

21世紀に入ってからは、小笠原豊樹(詩人の岩田宏)の新訳で土曜社から全15巻+別巻1巻のマヤコフスキー叢書が刊行されていて、たいへん気になるところではあるが、まずはまとまった形で手に取ってみたいと思い、古い『マヤコフスキー選集』を選択した。
全三巻のうちの第一巻には1912年から27年までの詩と、自伝(1928)と詩論(1926)が収録されている。

一番興味深く読めたのは詩論「いかに詩をつくるか」で、スピード感あふれるマヤコフスキーの詩が、即興的に書かれたものではなく、実際には多くの時間と検討を経て、音やイメージの与える効果の最適化を図っていった果てにようやく完成される緻密な構築物であることを、具体例にそくしながら提示しているところに驚きと学びがある。二部に分かれているエッセイの後半第二部、先行詩人セルゲイ・エセーニン(1895-1925)が自ら命を絶った後、その存在と死に対して戦いつつ哀悼の意を込めて書かれた詩「セルゲイ・エセーニンに捧ぐ」について、ほとんど形を成していない状態から最終稿となるまでの創作の過程を、順を追って提示しているところは、大変興味深い。

死の直前に書かれたセルゲイ・エセーニンの辞世の二行詩

この世で死ぬのはめずらしくない
だが生きるのもかくべつめずらしくない……

に応答するように書かれたマヤコフスキーの四行詩

きみは去った いわゆる あの世へ
からっぽだ……きみは飛ぶ 星空に突込み
前払いなし ビヤホールなし――
素面だな。

に込められた意味と感情と詩的効果を、音韻を理解するためのルビ付きのロシア語原文とともに読む体験はかなり貴重なものだ。豊かな音韻をもつインド・ヨーロッパ語族の詩作法では、日本のそれとはかなり異なる手続きが踏まれていることが、専門外の人間にもよくわかり、西洋詩の日本語への翻訳で失われるものの大きさにもあらためて気づかされる。100年前のロシアの詩でも、現代の日本人の感性に対する有効性はほとんど失われていないのではないかと思える。


【目次】
私自身(自伝) 
詩編(一九一二―一五) 
 夜 
 朝 
 港 
 街から街へ 
 あなたはできますか 
 ペテルブルグについて一言 
 ぼく 
 くれてやる! 
 聴け! 
 宣戦布告 
 ママと、ドイツ軍に殺された夜 
 ヴァイオリンもすこし神経質に 
 ぼくとナポレオン 
ズボンをはいた雲 四畳み聖像 
詩編(一九一五―一七) 
 きみらに! 
 裁判官讃歌 
 学者讃歌 
 ぼくはこうして犬になった 
 豪華な茶番 
 リーリチカ!(手紙の代りに) 
 松の針 
 愛するわが身に作者はこれらの詩行を捧げる 
 最後のペテルブルグ物語 
 作家仲間 
人間 
詩編(一九一七―二三) 
 赤帽子の物語 
 法廷へ! 
 (食えパイナップル) 
 ぼくらの行進曲 
 馬との友好関係 
 詩人・労働者 
 左翼行進曲(水兵たちに) 
 夏の避暑地でヴラジーミル・マヤコフスキーに起った不思議な事件 
 お嬢さんとの関係 
 ハイネ風の唄 
 屑について 
 ミャスニーツカヤ街と女と全ロシヤ的規模についての詩 
 芸術軍指令第二号 
 会議にふける人々 
 やくざども 
 パリ(エッフェルト塔語る) 
 春の問題 
 笑いの設計図 
 バクー 
 ゴンパーズ 
いかに詩をつくるか 

【付箋箇所(上下二段組み、上段a,下段b)】
24a, 42a, 43a, 44b, 94b, 136a, 149a, 196b, 207a, 226b, 239a, 230a

ヴラジーミル・ヴラジーミロヴィチ・マヤコフスキー
1893 - 1930
小笠原豊樹岩田宏
1932 - 2014
関根弘
1920 -