読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

笹井宏之(1982-2009)の歌集三冊:『ひとさらい』(Book Park 2008, 書肆侃侃房 2011) 、『てんとろり』(書肆侃侃房 2011) 、『えーえんとくちから』(PARCO出版 2011)

2009年、26歳という若さで惜しまれつつ亡くなった歌人笹井宏之。先日NHKでドキュメンタリーの特集「いまも夢のまま 15年目の笹井宏之」が放映されていたということをネット上のニュースで知り、番組自体は未見にもかかわらず、気になり歌集を手に取って読んでみた。

15歳の頃から身体表現性障害という難病で寝たきりの状態がつづき、高校は中退、その後の2004年から短歌を作りはじめ、すぐに才能を認められ、期待をかけられるような歌人となったにもかかわらず、2009年1月24日インフルエンザから来る心臓麻痺によって突然亡くなってしまう。

どうしても、短く思い通りにいかなかったであろう歌人の人生を想像しつつ作品を読むことになってしまうのだが、激情には走らない、抑制のきいた、濁りを生じさせない距離感の歌の数々は、本人ばかりでなく読み手にも言葉の伴走者として寄り添ってくれるようなたたずまいがあり、歌の姿や歌の作り方そのもののほうにいつしか関心が向くようになっていた。

私なりの笹井宏之の歌のイメージは、居たたまれなさに言葉を一枚くるんでほんのり軽く佇めるようにしてあげているような感触のある歌というもので、作品の質は総じて高く、拾い上げたくなるような歌が毎ページのように置かれている。そのなかから歌集ごとに数篇選んでみるならば、私の場合は以下のようになる。

第一歌集『ひとさらい』

表面に<さとなか歯科>と刻まれて水星軌道を漂うやかん
蛾になって昼間の壁に眠りたい 長い刃物のような一日
いろいろになってしまった顔面へビーフシチューが運ばれてくる

第二歌集『てんとろり』

ああそれが答えであった 水田に映るまったいらな空の青
どんぞこを掘るとひじょうにみずに似たものがでてくるだけのどんぞこ
knifeよりこぼるる「k」の無音こそ深きを抉る刃なりけり

作品集『えーえんとくちから』

えーえんとくちからえーえんとくちから永遠解く力を下さい
社会的すっからかんがある朝に泉になっていることもある
ゆつくりと私は道を踏みはずす金木犀のかをりの中で

発想や韻律に人をはっとさせるようなところがあるのはもちろんだが、日本語の文字表記の特性を十分に意識して書きながら作られていることを感じさせるところにも大きな特徴があるようで、ずっと気にしながら読んでいた。

作品集『えーえんとくちから』は2009年にちくま文庫からも出ているかようだ。

www.kankanbou.com

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publishing.parco.jp

www.webchikuma.jp


笹井宏之
1982 - 2009