読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

『矢内原伊作詩集 1941~1989』(思潮社 1994)

みすず書房の『完本 ジャコメッティ手帖』をちょっとずつ読みすすめているうちに詩人としての矢内原伊作の作品にも目を通しておこうと思い手に取った一冊。サルトル実存主義などを学びにフランスに留学しているときにジャコメッティと出会い、長い時間モデルを務める中で手帖に書き留めているのは哲学的な思索の言葉であるよりも、オペラや美術に関しての感想であり、自分の詩に関する思いであることのほうが多いと感じたため詩人としての矢内原伊作を知っておこうとしたのだったが、読んでみたところ何度目かの再読であることが分かった。死の直前において書き留めた「とりかぶと」という題のフィリピン人女性出稼ぎ労働者の悲劇を詠った詩が記憶にあった。今回読んだなかでも「勲章」「ジャコメッティの彫像『腕のない細い女』に寄せて」とともに読み手に訴えかけてくる力の抜きんでた作品であった。
全体的な印象として今回感じたことは、50年近い期間のなかで50数篇しか詩が残されていないというのは詩人として存在するには少ないということ。また心象風景風の抒情作品よりも実在する他者を詠ったもののほうが強い印象を与えているということ。詩人として企みをもって一連の作品が書かれたというわけではなく、生の時々の機会に応じて真摯に書き留められた作品の集成であるという印象が強い。

 

目次:

冬夏
海について―挽歌
天使抄その他
花と風景―自画自賛

 

矢内原伊作
1918 - 1989

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