読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

写真:ハーバート・マッター、テキスト:メルセデス・マッター『ジャコメッティ』(原著 1987, 訳:千葉成夫 リブロポート 36X27cm 1988 本体価格12,000円)

創作において自分にも他人にも一貫してきわめて厳しい態度を取り、容易に褒めるようなことがなかったジャコメッティが、自作を撮影した写真に関してほぼ手放しで称賛の意をあらわし、ごく身近な関係者にも見ることを勧めた珍しい写真作品集。

生まれ故郷と作品、アトリエと作品、モデルと作品、同一モチーフの複数バリエーション、モノクロとカラー、アップとロング、任意の縮尺で並べられた同系統の作品群、角度と距離感によって部分を強調して提示された個別の作品、記憶のフィルター越しにあらわれたような幻像もしくは夢の世界での像、背景色とのコントラスト、光線による明暗の脚色など。じかに見たときに感じ取れるよりも大きな物質感と個性、美しさと怪物じみた怖ろしさ、作品に込められた相反する張力が見事なまでに加速強調さたうえで統一感をもって迫ってくる。写真との相性もあって、ジャコメッティの作品の比率からいえば、彫刻により焦点を当てた作品集のような印象がある一方、矢内原伊作、アネット、ダヴィッド・シルヴェストル、ディエゴの一連の複数肖像画の並列表示は、ジャコメッティの見えるがままに描こうとして叶わぬ理想の境地を息苦しいまでに如実に浮かび上がらせることに成功しているように思える。ジャコメッティの作品に関しては現物も展覧会で見たことがあるのだが、その体験を超える作品の相と提示者側の作品に対する気づきが濃縮されたかたちでまとめられていて、複製芸術作品集ならではの特別な鑑賞機会に出会えている喜びがある。

作品はおもに1950年以降のもので、シュルレアリスムの彫刻家としての時期以降の、見えるものをそのまま描き形作ることにこだわりを持ちはじめ、感覚表現としてどこまでも小さく細く作品が消えてしまうところから辛うじて物量として表現が残りはじめ、美術市場に商品として受け入れられていった時期の作品を集めている。制作者としてのジャコメッティは、作品が売れる売れないに一切こだわりがなく、そればかりか完成したか否かも気に止めぬ、永遠の作業者といてしか規定していないようで、残された作品は、時間的あるいは経済的な区切りとして世間的に一時的にほんのたまたま手放した時の制作物の一状態にすぎず、完成していない状態だからこその生命力にあふれているように思える。そのうえ写真家ハーバート・マッターによる写真図版は、角度、距離、明暗や色彩の対比、作品どうしの配置などにより、ジャコメッティの作品に生命力をより解放させる力を与えているので、美術館などでの展示にこめた企み以上の効果が出ているのではないかと感じる。


新刊書では出会うことのできない著作であるので、気になった場合には図書館や古書市場での出会う準備が必要です。

【目次】
はじめに(ルイス・フィンケルスタイン)
緒言(ハーバート・マッター)
ジャコメッティの故郷
ジャコメッティのアトリエ
序(アンドリュー・フォージ)
アルベルト・ジャコメッティからハーバート・マッターへの手紙
試論(メルセデス・マッター)
図版リスト
アルベルト・ジャコメッティ―濡れたボロ布に巻かれた粘土像(千葉成夫)

【付箋箇所(テクスト部限定 右a, 左b )】
11, 197ab, 200a, 201a, 205b, 206a, 207ab, 209b, 210b, 211a, 213a, 214b, 217b

アルベルト・ジャコメッティ
1901 - 1966

ja.wikipedia.org

ハーバート・マッター
1907 - 1984
メルセデス・マッター
1913 - 2001
千葉成夫
1946 -