読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

神戸芸術工科大学デザイン教育研究センター編『塩田千春/心が形になるとき ─美術と展示の現場2─』(新宿書房 2009)

塩田千春は、糸を張り巡らせることで創られた作品や大量の同一収集物による構成などの大きな規模のインスタレーションが印象的な、ベルリン在住、1971年生まれの現代美術家

本書は、2008年に行われた神戸芸術工科大学での公開特別講義に、作家へのインタビュー、それから100点ほどのモノクロームの作品図版と、講義開催年度の2008年に大阪ドイツ文化センター所長職にあったペトラ・マトゥシェによる塩田千春論を集めた著作。神戸芸術工科大学所属の教授陣による企画で、制作や展示の現場について読者により身近に感じてもらうために構成された珍しい作家紹介の書。

サニー・マンクの撮影になる作品や創作に関わる現場の写真は構図が優れているため大変魅力的だが、モノクロームであるために作品から受ける衝撃は少し減衰している。色彩と作品の規模感については作家自身のホームページで確認するほうが質量ともに充実しているが、ホームページの写真家と本書の写真家それぞれの作品を見る目の違いを比べてみることができるのも本書を作品集として鑑賞する場合には大きな魅力となっていると思う。

塩田千春の講義録では、売れなくて足掻いている時代についての回顧的言葉に励ましを受けた。囲いを外れて歩むことの自由と孤独を維持していく芸術家の卵時代からつづく表現にかける現実離れしたテンションの高さと異形さが心に響く。作品の評価が低いままだったら心理的にも経済的にもつらいばかりであるのが芸術家。それでも傍から見れば異様にも見える表現の可能性を拓いていこうと試行錯誤する姿には(笑ってしまう部分もあるが)感動的なものがある。表現したいという沈静化できない思いがあるならば、納得できるところまでやってみるほかないし、だれでもやってみる権利はとりあえず持っているというところを実践的に示してくれる作家であるだろうと思った。最初期の泥水をかぶりつづけるビデオ作品「bathroom」やエナメル塗料をかぶるパフォーマンス作品「絵になること」など、自分が家族であったなら激怒する可能性の極めて高い創作について、その時の本人や制作前後の逃げ場のない状況などについて語ってくれているところなどからは、多少顰蹙を買うかもしれないことでもある程度自己責任でやってみてもいいんじゃないかと、自分のなかにある意識的無意識的な縛りからの自由へ向かうことへの無言の励ましを勝手に感じてしまうようなところがあった。変わった感じの刺激を受けたという感触が残った。

 

www.shinjuku-shobo.co.jp

 

【付箋箇所】
62, 68, 76, 80, 88, 132, 134, 139

塩田千春
1972 - 

ja.wikipedia.org

本人ホームページ:

www.chiharu-shiota.com