読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

芸術論

久松真一『茶道の哲学』(編:藤吉慈海 , 講談社学術文庫 1987)

『久松真一著作集 第5巻 禅と芸術』でも論じられていた東洋文化の七つの性格を、茶道の世界について説いた論考集。 1.不均斉 ASYMMETRY2.簡素 SIMPLICITY3.枯高 WIZENED AUSTERITY4.自然 NATURALNESS5.幽玄 PROFOUND SUBTLETY6.脱俗 NON-ATTACHM…

久松真一著作集 第5巻 禅と芸術(理想社 1970)

禅をベースにした哲学を説いた久松真一の芸術論集。芸術には作り手の境涯が出るというようなことを言っていて、どちらかといえば学問的というよりも批評家的。禅者としての白隠の圧倒的優位を挙げながら、その書と禅画の標準的尺度を超えてしまっている突出…

クレメント・グリーンバーグ『グリーンバーグ批評選集』(編訳:藤枝晃雄 勁草書房 2005)

ロマン主義からモダニズムを経て抽象表現へと向かった美術界の流れを追った批評。文学においてボードレールとフローベールが言語というミディアムの処理刷新を行ったのと並行して、絵画の世界ではマネが平面性に関する道を開き、奥行をもった現実再現の世界…

ヴェルフリン『美術史の基礎概念 近世美術に於ける様式発展の問題』(原著 1915, 訳:守屋謙二 岩波書店 1926)

慶應義塾大学出版会から海津忠雄による新訳が2000年に出ているのだが、最寄りの図書館にあるのは古い守屋謙二訳のほうで、それでも最近読んだ美学・美術系の著作(たぶん宮下喜久朗のバロック案内の書籍)の記憶に促されるようにして手に取ってみた。 戦前の…

宮下規久朗の美術案内5冊 イタリア・バロックを中心に

反宗教改革でのカトリック側の芸術による教化の高まりが生み出したバロック芸術を中心に、絵画を核としながら彫刻、建築にも十分に目配せした観光ガイドにもなる西洋美術史のガイド。文面では、図版のない作家たちの作品が網羅性を優先してかなり多く取り上…

モーリス・ブランショ『完本 焔の文学』(原著 1949, 訳:重信常喜+橋口守人 紀伊國屋書店 新装復刻版 1997)

本書中でかなり気になるところはパスカルについてのヴァレリーの批判的な文章について、ブランショがパスカルのほうに好意的で加勢を寄せているところ。思考の遣り繰りを、計算しつつ書くことであらかじめ自分に納得させることに収まったようなヴァレリーよ…

宮川淳『絵画とその影』(編:建畠晢 みすず書房 2007)

1960年代日本の時事的美術批評集成。 針生一郎(1925-2010)や東野芳明(1930-2005)などの同時代の美術批評家の発言に密接した発言が特徴的な宮川淳(1933-1977)の美術誌掲載のエッセイの集成。 アンフォルメル、反芸術、ネオダダ、ポップアートなどの同時代的な…

今道友信『美について』(講談社現代新書 1973)

芸術作品は有限を介して無限へ超越していくもので、利害を超えた自由と美しさを持つと説いた美学入門書。最終的には宗教の聖にも匹敵するものが美であるとして、徳との関係性についても検討しているところが特徴であろう。また、日本の美学者として、孔子の…

宮下規久朗『名画の生まれるとき 美術の力Ⅱ』(光文社新書 2021)

カラヴァッジョの専門家で、古今東西の美術作品に造詣が深く、同業者にも信頼されていることが文章からもうかがわれる著作で、紹介されている作家・作品も興味深いものばかりだが、2013年に一人娘であったお子様を失ってからの悲嘆と絶望のなか、自身が…

中野京子『異形のものたち 絵画のなかの「怪」を読む』(NHK出版新書 2021)

出版社側の謳い文句として「「怖い絵」シリーズ著者の新境地」とあるが、おそらくはページ数が足りないのだろう、章ごとにテーマを立ててそのなかで複数作品を論じるという体裁に、著者の独自性が薄められてしまっているような印象を持った。個々の作品の主…

ヨハン・ホイジンガ『レンブラントの世紀 17世紀ネーデルランド文化の概観』(原著 1941, 訳:栗原福也 創文社歴史学叢書 1968)

『中世の秋』(1919)『ホモ・ルーデンス』(1938)を著したオランダの歴史学者ヨハン・ホイジンガが、第二次世界大戦下、自国オランダがナチス・ドイツの占領下にあった時、自国民を勇気づけようとして著したとされる著作。 絶頂期にあったオランダ17世紀を、政…

エリザベス・グロス『カオス・領土・芸術 ドゥルーズと大地のフレーミング』(原著 2008, 監訳:檜垣立哉 法政大学出版局 2020)

ドゥルーズの芸術論に依拠しながら建築、音楽、絵画の三領域について展開される論考集。著者独自の主張よりも整理されたドゥルーズの思考の鮮烈さが印象に残る。本論のなかで直接引用されるものと原注で引用参照される章句の数々がそれこそそのまま刺激的で…

ポール・ヴァレリー『ドガ・ダンス・デッサン』(原著 1936, 訳:塚本昌則 岩波文庫 2021)

悪意にも境を接しているような辛辣なまでの知性のはたらきと、そこから生み出されている芸術の際立った生動と過剰さに促されるようにして書かれたヴァレリーのエッセイ。ドガのデッサンの木版画と銅版画による複製51枚とともに、刊行された最初の形態に沿…

イヴ・ボヌフォワ『ありそうもないこと 存在の詩学』(原著 1980, 1992, 訳:阿部良雄、田中淳一、島崎ひとみ ほか 現代思潮社 2002)

ボードレールとランボーとマラルメの詩作を鑑として書かれたボヌフォワの重厚な詩論と芸術論。 エッセイ「ユーモア、投射影」の訳注には「ボヌフォワはランボーの言う「抱き締めるべきざらざらした現実」(『地獄の季節』所収「別れ」)を存在の真理として提…

マーカス・デュ・ソートイ『レンブラントの身震い』(原著 The Creativity Code 2019, 訳:冨永星 新潮クレスト・ブックス 2020 )

数学という領域における人間の創造性に感動して数学者となった著者が、人間の能力を超えはじめたAIの現在までと近未来における創造性についてかなり学問的にレポートしたという著作。 プログラマーの意図のうちにありながら出力されたものに対する考察が及…

ハルトムート・ベーメ『デューラー《メレンコリアⅠ》 解釈の迷宮』(原著 1989, 訳:加藤淳夫 三元社 シリーズ(作品とコンテクスト) 1994)

デューラーの銅版画の3傑作『騎士と死と悪魔』『メランコリアI』『書斎の聖ヒエロニムス』のなかでもひときわ名高い『メランコリアI』についての近年の図像的解釈の集大成的著作に、翻訳者による技術面からの補説を加えて、近代的表現の突端にしてひとつの…

谷口江里也『ギュスターヴ・ドレとの対話』(未知谷 2022)

スペイン文化に造詣が深く現代日本語圏におけるギュスターヴ・ドレの伝道者ともいえる谷口江里也によるギュスターヴ・ドレへの手紙形式の散文頌歌。ドレが五歳の時に描いた『ラ・フォンテーヌの寓話』のなかの「アリとキリギリス(セミ)」の最初期の絵から…

ミシェル・レリス『ピカソ・ジャコメッティ・ベイコン』(編訳:岡谷公二 人文書院 1999)

写真の発明と普及により絵画が外観の忠実な再現を期待されなくなり絵画独自の表現を追求していく時代に、それぞれ独自のリアリティーを追求し、表現への真摯さと相反することのないユーモアと残酷の感覚をともに持ち続けた三人の偉大な画家、ピカソ・ジャコ…

イェルク・ツィンマーマン『フランシス・ベイコン《磔刑》 暴力的な現実にたいする新しい見方』(原著 1986, 訳:五十嵐蕗子+五十嵐賢一 三元社 シリーズ(作品とコンテクスト) 2006)

フランシス・ベイコンの代表作《磔刑》(1965年, ミュンヘン)から作家の全体像に迫る一冊。ひとつの作品に焦点を決めて作家の本質に迫っていく著作は刺激的で学習効率もよく、概説書や入門書の次に読むものとして貴重な位置を占めている。実際に接したとこ…

デイヴィッド・シルヴェスター『フランシス・ベイコン・インタヴュー』(原著, 訳:小林等 ちくま学芸文庫 2018)

ジャコメッティのモデルをつとめ作家論を書いたことでも知られるイギリスの美術評論家・キュレーターであるデイヴィッド・シルヴェスターによるフランシス・ベイコンへの20年を超えるインタヴュー集成の書。訳者あとがきからも著者まえがきからも分かるこ…

アルベルト・ジャコメッティ『エクリ』(原著 1990, 訳:矢内原伊作+宇佐見英治+吉田加南子 みすず書房 1994, 2017)

ジャコメッティ存命中に発表されたすべての文章を収めた書物。 ジャコメッティ愛好家必読の書物ではあるが、芸術家本人が書いたテクストだからといって絵画や彫刻と同じレベルの表現とはとらえないほうが無難。あくまで芸術家本人が綴ったところの参考資料と…

海津忠雄『レンブラントの聖書』(慶応義塾大学出版会 2005)

レンブラントはその画業全般にわたって新約旧約の聖書のエピソードを取り上げて自身の作品をつくりあげてきた。ただ、その作品の構成は聖書の記述に厳密に従ったものではなく、レンブラントが聖書と聖書をもとにした先行作品に取材して、独自に形づくりあげ…

神戸芸術工科大学デザイン教育研究センター編『塩田千春/心が形になるとき ─美術と展示の現場2─』(新宿書房 2009)

塩田千春は、糸を張り巡らせることで創られた作品や大量の同一収集物による構成などの大きな規模のインスタレーションが印象的な、ベルリン在住、1971年生まれの現代美術家。 本書は、2008年に行われた神戸芸術工科大学での公開特別講義に、作家への…

ジャン・スタロバンスキー『道化のような芸術家の肖像』(原著 1970, 訳:大岡信 新潮社 叢書<創造の小径> 1975)

日常を離れた驚異的で奇跡的な技を見せる見世物小屋の異質な価値基準の世界の主役たる軽業師と道化の志向性は近代の画家や詩人や小説家たちの意識と相似形をなしている。現にあるものを嘲笑するイロニーが作り出す意味の空無の時空間が、観衆の普段の振舞い…

前田英樹『絵画の二十世紀 マチスからジャコメッティまで』(日本放送出版協会 NHKブックス996 2004)

写真の登場によって絵画における写実再現の価値下落が起こったあとの時代において如何なる表現の途が残さているのかという探究が二十世紀以降の芸術界の動向を方向づけている。本書は近代以前の慣習にとらわれない最初期印象派の画家モネの視覚と写実とのあ…

デイヴィッド・シルヴェスター『ジャコメッティ 彫刻と絵画』(原著 1998, 訳:武田昭彦 みすず書房 2018)

フランシス・ベーコンのインタビュー集も著作として持つイギリスの美術評論家・キュレーターであるデイヴィッド・シルヴェスターのジャコメッティ考察の書。ジャコメッティのモデルをつとめたことのある人物のうちでは最も美術批評っぽいテクストで、作家が…

矢内原伊作『ジャコメッティ』(編:宇佐見英治+武田昭彦 みすず書房 1996)

1956年から1961年にかけての五度にわたってジャコメッティのモデルをつとめた経験から生まれた哲学者矢内原伊作のテクストと日記およびメモにジャコメッティからの手紙を添えてジャコメッティ晩年の基本的資料集成を目指した一冊。完成させることを…

パスカル・ボナフー『レンブラント 光と影の魔術師』(原著 1990, 創元社 「知の再発見」双書98 SG絵で読む世界文化史 2001 監修:高階秀爾、訳:村上尚子)

レンブラントの生涯と作品を追う本篇とレンブラントの実像にいくつかの角度から迫る資料篇の二段構成からなるコンパクトでありながら充実した導入書。本篇を執筆したのがフランスの作家、小説家、美術評論家であるパスカル・ボナフーで、レンブラントの起伏…

渡邊二郎『芸術の哲学』(ちくま学芸文庫 1998, 放送大学 1993)

ハイデガー研究者による芸術哲学概論。芸術作品の成立根拠を心のはたらきに帰する近代の主観主義的美学を批判し、ハイデガーが強調した生や歴史における真理の生起に焦点を当てる存在論的美学の流れを称揚するテクスト。作品は真実を露呈させるための発見的…

マルティン・ハイデッガー『芸術作品の根源』(原著 1960, 訳:関口浩 平凡社ライブラリー 2008)

存在するものの真理を生起するものとしての芸術作品、世界と大地との間の闘争としての芸術作品。ハイデガーの用いる「真理」という概念については訳者後記でも強調されているように「空け開け」「アレーテイア」「不伏蔵性の領域」という意味でもちいられて…