一般読者層への啓蒙の書としてよくできている。経済学者が語る人工知能とベーシックインカムについての本。引用された著作を見ると著者の懐の広さを感じる。全488ページと大冊だが、意外と軽やか。
【著作・発言の引用リスト】
ガンディー『真の独立への道』
ユンガー『技術の完成』
マリネッティ「未来派宣言」
福田和也『イデオロギーズ』
ウィーナー「機械の時代」
マルクス&エンゲルス『共産党宣言』
ベック『危険社会』
劉慈欣「円」
ハイデッガー『技術への問い』
ドゥルーズ&ガタリ『千のプラトー』
カルプ『ダーク・ドゥルーズ』
ハイデッガー『存在と時間』
ドレイファス『コンピュータには何ができないか』
ルソー『人間不平等起源論』
金子光晴『非情』
ハラリ『ホモ・デウス』
フーコー『言葉と物』
ニコラス・カー『オートメーション・バカ』
コーエン『大格差』
バーブルック&キャメロン『カリフォルニアン・イデオロギー』
ケインズ『雇用、利子および貨幣の一般理論』
マルサス『経済学原理』
リカード『経済学及び課税の原理』
ソロー『資本 成長 技術進歩』
ホーウィット『新地平のマクロ経済学』
ノース『経済史の構造と変化』
『アラビアのロレンス』
内藤湖南『東洋文化史』
ヘンリー・ミラー『ハムレット』
陳凱歌『私の近衛兵時代』
アンリ・ミショー『みじめな奇蹟』
ハラウェイ『猿と女とサイボーグ』
ロバート・フリップ(キング・クリムゾン)
アルトー
ハクスリー『知覚の扉』
ネグリ&ハート『マルチチュード』
アイザックソン『スティーブ・ジョブズ』
ラリー・ペイジ
ボノ(U2)
ジジェク『ポストモダンの共産主義』
ドゥルーズ『フーコー』
ハイエク『個人主義と経済秩序』
ベーシックインカムの導入については、選択肢としてはあってよいと思うが、本書ではその必要性について述べているだけで、実際の制度の枠組、運用法については語られていない。ベーシックインカムというのは最低限の金だけ渡してそれでおしまいという制度ではあるまい。本当にAI時代に有効な手段となるかどうか、制度的に許容できるものになるかどうか。生活保護の制度と同じで、実際の運用で問題が多く発生するようであれば、制度を変えても意味はない。経済学者としてさらに研究して、将来の著作で自案をより明晰に説いていただくことを期待する。AIもBIも銀の弾丸でも万能薬でもないと思うので、最後に語る希望はもう少し控えめであってほしかったというのが本音。
AIとBIによって、資本主義を極限まで推し進め、純粋機械化経済を実現させれば、脱労働社会を作り上げることができる。それこそが、最大限に自由と平等を両立し、あらゆる人々が幸福に生きられる社会ではないだろうか。(第8章「AI時代の国家の役割」p475)
AIの現在を語るときの言葉には現実を知らしめる分析の力があったのに最後に甘さが出てしまったのは残念だ。
AIにとって、感性よりも悟性を身に着ける方が難しい。第2章で述べたように、今のAIは考えることが得意ではない。とりわけ、言語を使った思考については壊滅的と言っていいほどだ。(中略)
並の感性ではもはや、コンピュータには打ち勝てない。
膨大なアーカイブに基づいて音楽や絵画を無尽蔵に自動生成できるAIを凌駕する感性を持つ天才ならば、それでも生きていけるだろう。だが、そうでなければ、人間がAIよりはるかにまさっているはずの悟性の訓練を怠ったら、将来お金になる職業に就けなくなる可能性は高くなる。(第3章「人工知能は人々の仕事を奪うか」p215-216)
考えることを学ぶのが経済的にも良いという教えのほうを心にとめておく。
目次:
第1章 AI時代に日本は逆転できるか
第2章 人工知能はどこまで人間に近づけるか
第3章 人工知能は人々の仕事を奪うか
第4章 技術的失業と格差の経済理論
第5章 新石器時代の大分岐――人類史上最大の愚行はこうして始まった
第6章 工業化時代の大分岐――なぜ中国ではなくイギリスで産業革命が起きたのか
第7章 AI時代の大分岐――爆発的な経済成長
第8章 AI時代の国家の役割――中枢を担うのは国家か、プラットフォーム企業か
井上智洋
1975 -