読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

野口米次郎「一羽の鳥」(『夏雲』1906 より)

一羽の鳥

 灰色の森を飛ぶ灰色な一羽の鳥を私は聞く………真実の鳥でない、幻の鳥であらう。おお寂しい鳥よ。お前は以前のやうに死と暗黒を友としてゐるか、私は悲哀の柱によりかかる一詩人だ。私は香を焚き時には祈禱する。私は沈黙の空気をゆり動かすことをどんなに恐れるであらう。春の来ること実に遅しだ。私の魂は無声の心を接吻してゐる。
 私は枯葉のやうに沈みゆく鳥の灰色の声を聞く………何処へそれが沈みゆくだらうか。ああ鳥でなく、私の魂であるかも知れない。私の魂は目的もなく、何処から来て何処へ行くのかを知らずに飛んでゆく。何処へ私の魂は行かうとするのであるか。
 灰色の森を飛ぶ灰色な一羽の鳥を私は聞く………懐かしい寂しい鳥の声よ、お前は何処へ行かうとするか、私に語れ。お前は月光の銀色した永劫の殿堂へ行くのか、薄暗い平和な母親の胸のなかへ行くのか。私をお前と共に連れて行け、私の親愛なる女よ。
 
(『夏雲』1906 より)

野口米次郎
1875 - 1947
 
野口米次郎の詩 再興活動 No.029